ムーミン経由、ドイツ行き
大聖堂に架かる橋
ニール 
・鐘の鳴る町

・川の流れる町
天国への509階段
・その1 ・その2
ひとつきだけの世界遺産
街で人気のコンディトライを探して
中華飯店で日韓友好?
ショッピングモール・アドベンチャー
・その1
・その2 ・その3
ケルンぶらぶら歩き
・その1 ・その2 ・その3
たった一時間のラインクルーズ






私がラインに惹かれた理由

ドイツ全土の鉄道が乗り放題になる「ジャーマンレイルパス」。渡独直前に、日本の旅行会社で購入した。

 「いかにも」な観光ルートを嫌う人がいる。たとえばドイツなら、バスに乗ってロマンチック街道を巡ったり、ライン川を観光船で下ったり。
 かくいう私も、そうだった。どうせ行くなら、ありきたりな観光ルートではなく、ほとんど知られていないような場所へ行ってみたい。そりゃあ、いつかは有名な観光名所にも行ってみたいけれど、何も今回、行かなくてもいい。せっかくワールドカップに合わせてドイツに行くんだから、ワールドカップ期間しか味わえない体験をしてみたい。ロマンチック街道やライン川は、別 に今回行かなくても、またいつでも体験できるだろうから。
 旅行に行くまで、そう思っていたはずだった。だが旅行日が近づいてくるにつれ、心境は変化していった。それほど興味がなかったライン川クルーズに、大きく気持ちが傾いていったのだ。
 理由は幾つかある。まず第一に、旅行中に滞在するのが、ライン川沿いの街・ケルンだということ。すぐ近くに乗船場もある。これなら、半日もあればラインクルーズが楽しめそうだ。
 第二に、きっと毎日歩きづめだろうから、一日くらい体を休めて、のんびりと雄大な自然を眺める「こころとからだの休養日」をとった方がいいだろう、ということ。
 第三に―――これが最大の理由なのだが、「ジャーマンレイルパス」を購入したこと。ドイツ全土の鉄道が乗り放題になるこのパスは、ライン川クルーズにも有効で、これを見せると乗船料がタダになるというの知り、俄然乗り気になったのだ。タダになるなら乗ってもいいかと思うなんて、現金なものである。


ライン川とモーゼル川が出会う町

 「地元民ほど、地元の観光名所に行かない」という。言われてみれば確かにそうで、私も通 天閣に登ったのは、ようやく30歳を過ぎてから。地方から遊びに来た友人を連れていったときに、初めて登った。ずっと大阪に住んでいたにもかかわらず、それまで登る機会も、また「登ろう」という気持ちもなかったのだ。
 ドイツでもそれは変わらないらしく、ケルン在住歴10年のH氏は、すぐ近くをライン川が流れているにもかかわらず、まだ一度もライン川を船で下ったことがないという。
 この機会を逃せばいつドイツに来れるか分からない旅行客の私は、6月11日、「ジャーマンレイルパス」を握りしめてケルン中央駅へと向かった。前日まで、ベルリン〜ドルトムントと、WMで沸く街を訪ね歩いた疲れが出て、その日は昼まで家でのんびりしていた。だが一日、家にゴロゴロしていてもつまらない。そうだ、こんな日こそラインクルーズを体験しようと思い立ち、部屋を借りているニールの家を出たのが昼過ぎ。これがまず、失敗だった。その場その場の思いつきで行動する私は、ラインクルーズの正確なタイムスケジュールをまったく把握していなかったのだ。
 ラインクルーズの乗船場はケルン中心部にもあったが、持参していたガイドブックによると、ジャーマンレイルパスが有効になる「KDライン観光船」は、コブレンツから発車しているらしい。コブレンツは、ケルンから電車で約一時間のところにある、ライン川とモーゼル川の合流点の町だ。ケルンに比べるとずっと小さな町らしいが、ここ数日、都会ばかり歩いていたし、たまには田舎の清浄な空気を吸うのもいい。
 ケルン中央駅に着いた私は、コブレンツ行きの列車に乗り換えようとホームを歩いた。WM開催中とあって、ホームには各国サポーターの姿が目立つ。きっとこれから、スタジアムへ向かうのだろう。彼らを見ると、「やっぱり私も、一試合くらいはスタジアムで試合を見たかった…」とちょっぴり羨ましくなったが、チケットを入手できなかったのだから仕方ない。それにこのときはまだ、明日、ゲルゼンキルヘンで行われる「アメリカ対チェコ」のチケットを、試合前にスタジアムで入手しようという「希望」があった。結局それは、はかない希望のまま終わったのだが。(※詳しくは「サッカーを見る」を参照 )

コブレンツに向かう途中で停車した駅のひとつ、remagen。日本の田舎駅を思わせる、こじんまりした駅だった。


 コブレンツ行きの特急列車は、空いていた。おかげで、二階建て列車の「二階の窓際」という特等席に座って、車窓からライン川の眺めを堪能できた。
 が、乗って数分も経たないうちに、たちまち意識がなくなった。列車が駅に停まると、意識を取り戻す。走り出すとまた意識を失う――という繰り返し。こう書くとなんだか深刻な病気のようだが、なんてことはない。単に疲れて、眠いだけである。
  だがその「眠い」感覚が尋常ではない。「睡魔に襲われる」などという生易しいものではなく、電車が動きだしたとたん、「眠い」という感覚を感じる間もなく、たちまち眠りに入ってしまうのだ。こんなことは初めてだった。
 せっかく、車窓には絵のように美しい田園風景が広がっているというのに。ライン川沿いを走る列車に乗る機会なんか、めったにない。のんきに眠ってる場合じゃない、目覚ませ!と懸命に自分を叱咤し、目を開いているよう努力するのだが、電車の規則的な揺れは、疲れた体には心地よすぎた。たちまち意識を手放して、せっかくの風景もほとんど見ることなく、目的のコブレンツ中央駅についてしまった。


絵のようだけど、絵じゃない世界

 中央駅構内のカフェで「ソーセージとマッシュポテト」という、いかにもドイツらしい組み合わせの昼食を食べる。カフェ内に設置されたテレビではWMの試合が放送されており、ちょうどオランダ対セルビア・モンテネグロ戦が終わろうとしていた。試合が終わると、店長らしきおじさんが、テレビの横に貼ってあるトーナメント表にペンでスコアを書き込んでいた。……どこかで見た光景だなと思ったら、日本の大衆的な飲食店で見た風景だ。店内に設置したテレビで高校野球を放送し、試合結果 を、壁に貼られたトーナメント表に書き込んでゆく。

 食べ終わった私は、カフェを出て、駅前のインフォメーションセンターに行って受付の女性からコブレンツのパンフレットをもらった。そのパンフレットに掲載されている道路地図を見ながら、ライン川目指して通 りを歩く。駅周辺は近代的な建物が多かったが、川に近づくにつれ、歴史ある建物が並ぶ旧市街へと、みるみる街並みが変わっていく。特にドイツの歴史に詳しくない私でも、「あ、ここ先は旧市街だな」と分かるくらいの、見事な街並みのコントラスト。それだけ、「古い街並みを大切に保存する」意識がドイツでは高いのだろう。
 中世から続いているらしい広場を出ると、目の前に雄大な川が現れた。さらに川に沿って歩いていくと、観光船が停泊しているのが見えた。よかった、間に合った…と思いながら、乗船場へと歩み寄る。だが並んでいる人は少なく、私を入れて6人ほど。たぶん、もう時間が遅いからだろう。外はまだ真昼のように明るかったが、すでに夕方の6時なのだ。乗船時間としてはぎりぎりだろう。
 乗船前に、船員に乗船券をチェックされてから、船に乗り込む。だが列の最後尾にいた私は、なかなか鞄からジャーマンレイルパスが見つからない。どうしてこうも「ぐず」なんだろう?と焦りながら鞄の中をひっかきまわしているうちに、発車時刻が来たらしく、「いいから早く乗って!」と船員に背中を押され、走って船に乗り込んだ。
 船に乗ってから、落ち着いて鞄の中を探すと、ようやくジャーマンレイルパスが見つかった。それを船員に見せて、ハンコを押してもらう。だがホッとしたのもつかの間、この船はどこまで行くのか訪ねたら、「この船は最終便だから、次のブラウバッハまでしか乗れないよ」という返事が。
 ええー、たった一区間だけ?ローレライも「ねこ城」も見れないの?―――と、自分が乗るのが遅かったことを棚に上げ、心の中でぼやきながらデッキに出る。白い椅子が乱雑に並べられており、ついさっきまで、大勢の人がここに座って、クルーズを楽しんでいた「余韻」が残っていた。

ご覧のように、デッキはガラガラ。クルーズの途中からは船員が椅子を片づけ始め、「本日の営業終了」の雰囲気を漂わせていた。 こんな風に、船の先端に行って写 真を撮るのも自由自在。だって他に人がいないし。

白亜の邸宅が、水面に映える。一度でいいから、あんな屋敷に泊まってみたい。


 が、今は誰もいない。広いデッキで私一人、椅子に座って、動き出した船から、周りの風景を眺めている。両岸に広がる景色を独り占めしているようで贅沢といえば贅沢だが、やはりちょっと寂しい。と思っていたら、両親と小さな男の子の三人家族がデッキにやってきた。
 ふだんはそうでもないくせに、旅行先ではおせっかいなほど他人に親切になる私は、男の子がデジカメで両親の写 真を撮ろうとしているのを見て、頼まれてもいないのにしゃしゃり出ていき、男の子からデジカメを預かって、男の子も含めた家族三人の写 真を撮ってあげた。お父さんが「Thank you!」と言ってくれたから、きっと英語圏から来た人たちだろう。
 再び自分の席に戻って、椅子に座る。前の椅子に両足を預けて、リラックスチェアーに座っているような格好でラインクルーズを楽しむ、優雅なひととき…と思っていられたのは最初の数分間だけで、次第に寒くなってきた。いくら空は明るくても、時刻的にはもう夜だけあって、さすがに頬に当たる風が冷たい。しかも川の上だからなおさら、風が強い。
 寒かったら船内に入ればいいのに、せっかくのラインクルーズ、それもたった一区間しか乗れないんだから、少々寒くても、パノラマな景観が楽しめる展望デッキから離れたくない。と、私は妙な意地を張ってデッキにい続けた。そうして意地を張るだけの景観が、周囲に広がっていたからだ。

瀟洒な白い屋敷が建ち並ぶ。恐らくマンションかホテルだろう。一段高い場所には、石造りの教会が見える。
あっという間にブラウバッハ到着。あの丘の上の古城から ラインを見たら、素晴らしいだろうな。

 川の両岸にはなだらかな丘陵が続き、林や森が緑のグラデーションを重ねていく。その緑の中に、歴史を重ねてきた建物が点在し、川面 にその優雅な姿を映している。ホテルか、別荘とおぼしき大きな屋敷もあれば、木組みの愛らしい民家もある。丘の上には、川を見下ろすようにして建っている教会や、古城の姿も時おり見える。本当に「絵画のような風景」だったが、岸辺を自転車で走る人や、散策している人の姿を見かけるたびに、「やっぱり絵じゃなかった。ちゃんと人が住んでいるんだ」と現実に引き戻された。
 大阪の淀川や大川をクルージングしたことはあるけれど、こんなにも日常からかけ離れた「別 世界感」に浸ったのは初めてだ。いつしか、頬に当たる風の冷たさも忘れて川岸に見入っていると、丘の頂上にそびえるクリーム色の城が近づいてきた。船が、その城へと向かっているのだ。視線を下に向けると、岸壁に「BRAUBACH」の白い文字が見えた。

 あっという間に、ブラウバッハについてしまった。たった一区間、時間にすればたった一時間のラインクルーズ。物足りないのはもちろんだけど、それなりに満足感もあった。次に来るときは、きっと終着点のマインツまで乗ろう。それまでさよなら、ライン川…などと感傷に浸っているうちに、私以外の数少ない乗客はさっさと船から降りたらしく、もう下船する客はいないと思った船員が、船から梯子を外そうとしている。私は慌ててそこへ走り寄り、梯子を通 って岸壁に渡った。ったく、感傷に浸る暇もない。乗るときだけでなく降りるときも、最後までバタバタと慌ただしいラインクルーズだった。