ムーミン経由、ドイツ行き
大聖堂に架かる橋
ニール 
・鐘の鳴る町

・川の流れる町
天国への509階段
・その1 ・その2
ひとつきだけの世界遺産
街で人気のコンディトライを探して
中華飯店で日韓友好?
ショッピングモール・アドベンチャー
・その1
・その2 ・その3
ケルンぶらぶら歩き
・その1 ・その2 ・その3
たった一時間のラインクルーズ




「キートス」に掲載されていたムーミングッズ。ヴァンター空港でも同じものがたくさん売られていた。


 
ドイツに行くなら、ルフトハンザに限る。頑なにそう思っていた時期があった。
  だがその理由はといえば、「ドイツ製の飛行機に乗ってみたい」という単純な憧れだけだったりする。「ドイツの飛行機なら、よほどのことがない限り事故を起こさないだろう」という盲信めいた安心感もあった。
 もちろん、ルートは直行便がいい。関空からは毎日、フランクフルトへ向けてルフトハンザの直行便が飛んでいる。私もあれに乗ってドイツに行くんだ、と漠然と考えていた。
 だがいざ旅行の日程が決まって旅行会社に航空券の手配を頼むと、ワールドカップ直前ということもあり、ルフトハンザの直行便はすべて満席だという。代わりに、フィンランド航空でいったんヘルシンキへ飛んで、そこから再びフィンランド航空でデュッセルドルフへ向かうルートを提案された。憧れのルフトハンザに乗れないのは残念だったが、席がないのなら仕方ない。私はヘルシンキ経由でドイツ入りするルートの航空券を手配すると、さっそくネットでフィンランド航空の評判を調べてみた。愛称はフィンエアーで、「ムーミンの飛行機」として有名だとか。安全性でも定評のある航空会社らしく、1973年以降、死亡事故を起こしていないという。
 「いまだにMD-11機を使っているから怖い」という意見もあったが、6年前、ロシア・ウラジオストク航空のオンボロ飛行機に乗った私からすれば、MD-11なんて!私をビビらせたかったら、もっと安っぽくて珍妙なボロ飛行機用意せんかい!という気分。いやほんと、一度ウラジオストク航空、というより中古のツポレフに乗ってしまえば、もはやどんな飛行機も怖くないって。それくらいあの飛行機はボロかった。機体は、あの悪名高きツポレフTu-154。今まで何度も事故を起こしており、これを書いているたった今も、ウクライナ東部に墜落、乗員・乗客全員死亡という事故を起こした。そんなニュースを聞くたびに、「あーあ、またあの飛行機か…」と6年前のロシア旅行を思い出す。どう見ても70年代から使われていたであろう古びた機体。と思ったら、やはり旧ソ連はじめ、ハンガリー、ウクライナなどから買い付けた中古機らしい。内装も古くさく、あちこちの椅子のビニールシートが破れていてもほったらかしだし。そのくせ通 路に風船が飾られているのが、かえってなんともいえない無力感をかもしだしていた。(ロシアに行って分かったことだが、ロシア人は風船の飾り付けが大好きなのだ)。
 飛んでいる間も、ジェット音が機内に響き渡り、振動で体が揺れる揺れる。いつ落ちてもおかしくないと思える、スリリングな30分間だった。まるで軍用機に乗っている気分。って、乗ったことないけど。
 ロシアの名誉のために言っておくと、モスクワ―ウラジオストク間に乗ったエアロフロートは、大型機だけあって、ツポレフとは比べ物にならない安定感だった。一度も怖い思いをすることなく、日航や全日空に乗っているのと変わらない快適なフライトが楽しめた。

 そんな訳で、フィンエアーの安全性については全く心配していなかった。それより何より、「機内食が美味しい」という噂に大いに惹かれた。飛行機に乗って何が楽しみって、各航空会社の個性あふれた機内食を食べること。しかも今回はフィンランド航空である。フィンランド料理なんて今まで食べたことがない。もしかして、トナカイの肉が出てくるかも?と、私は妄想の翼をはためかせた。

フィンランド航空「関空→ヘルシンキ078便」の機内食。ちょっとピンボケ。

 6月5日、いよいよ出発の日。関空でチェックインを待つ間、背負ったリュックから航空券を取り出そうとしたら手元が狂って、リュックの中身を床にぶちまけてしまい、後ろに並んでいた人たちに笑われる。先が思いやられるとはこのことだ。
 飛行機に乗って席につくと、なぜか周りはカップルばかり。しかも若い。新婚ツアーご一行様と同乗したのかも。そうか、ワールドカップのことで頭がいっぱいで忘れていたが、6月は結婚シーズンだったっけ。
 飛行機が飛び立ってしばらくしてから、カップルたちは皆、イタリアツアーの客だということが分かった。前の席のカップルも隣の席もカップルも、イタリアのガイドブックを読んでいたからだ。やっぱりイタリアは人気があるなあ。特に若い女性の人気が高い。彼らも、ほとんどは「彼女の意向」で新婚旅行の行き先がイタリアになったんだろうな、とすっかり決めつけているうちに、お楽しみの機内食がやってきた。フタを開ける前から、カレーの匂いがぷんぷんしている。もちろん暖かいカレーで、ご飯とセットになっている。さらにパンと冷やしうどんまでついている。炭水化物取りすぎやっちゅうねん。なんちゅうバランスの悪い機内食だ。しかも全然フィンランド料理じゃないし。いやいや、このカレーに入っている肉は、もしかするとトナカイの肉かも?と思いながら食べてみたが、普通 の牛肉だった。がっかり。と思いつつ、お腹が空いていたのできれいに平らげてしまった。


各航空会社の機内誌を読むのも、機中の楽しみ。写 真はフィンランド航空機内誌「キートス」の表紙と、特集記事「フィンランドデザインの旗手ハッリ・コスキネンの世界」。
雑誌全体が青を基調にデザインされており、すがすがしい雰囲気が漂う。



 関空からヴァンター空港まで、約9時間半のフライトである。エコノミー症候群を予防してか、席を立って屈伸運動をするおじさんの姿が目に入った。トイレに行こうと席を立ったときに分かったことだが、どうやらカップルたちが群れをなして座っているのは私の周りだけで、他の客席はおじさん、おばさんの姿が目立った。どうせなら、私もこっちの席に座りたかったな。いや別 に、カップルの群れに放り込まれて僻んでる訳じゃなく(笑)。隣の人と会話を楽しめないのが、寂しいのだ。両隣のカップルはどちらも「二人の世界」に入り込んでいて、とても話しかけられる雰囲気じゃないし。9時間半ものフライトは退屈だし、「どちらに行かれるんですか?」とか、いろいろ会話したかったのになあ。 飛行機や列車で移動中、乗り合わせた人と交わす何気ない会話も、旅行の楽しみのひとつだと思うから。

 そんな私の欲求不満は、ヘルシンキ・ヴァンター空港で幾分、晴らされることになった。
 初めて訪れるヴァンター空港は、近代的で洗練された空港だった。天井から吊り下げられた巨大な飛行機のオブジェがトレロでカッコよく、あれと同じものを自分の部屋にも飾りたい、と思わずじっと見惚れてしまう。
  デュッセルドルフ行きの便が出るまでにはまだ時間があるので、免税店をぶらぶら散策。やはりムーミンはフィンランドの象徴なのか、お土産屋さんにはムーミングッズが目立つ。そのムーミングッズも木製品が多いのが、いかにも森の国・フィンランドならでは。他に目立ったのはトナカイや白熊など「寒い国の動物」グッズ。店頭にはトナカイのリアルなオブジェも置いてあって、北欧ムード 満点だった。
 そうこうしているうちに出発時刻が迫ってきたので、デュッセルドルフ行き707便の搭乗ゲートへ。国際線にしては驚くほど並んでいる人が少ない。人数だけ見れば、まるで田舎のバス乗り場のようだ。違うのは、並んでいる人がみな外国人、それも白人ばかりだということ。ヘルシンキに向かう飛行機内は日本人客ばかりだったのでそれほど感じなかったが、外国の空港で、周囲を外国人に囲まれて、ようやく「私は今、海外を旅してるんだ」という実感が沸いてきた。
 ワールドカップ開幕までまだ四日あるので、待っている乗客の中にサポーターらしき人はいず、ビジネスマン風の男性が多かった。やはりドイツ人は背が高く、スーツ姿がサマになるなぁ…と思いつつさりげなく乗客ウォッチしていたら、大きな機材を抱えた日本人らしき男性が一人、混じっているのが目にとまった。ラフな服装からして、どうやらカメラマンのようだ。ワールドカップの撮影でドイツ入りするのだろうか。もはや何を見ても、ワールドカップとこじつけて考えてしまう私、どうかしている。
 そんなことをぼんやり考えているうちに、周りの人はさっさと搭乗手続きをすませて目の前の階段を降りていく。私も慌てて後を追った。そうだ、これは一人旅。先導してくれる搭乗員も、助けてくれる同伴者もいない。頼りになるのは、自分だけなのだ。
 階段を降りると、バスがドアを開けて待っていた。そのバスがどこに行くかも分からないまま、とりあえず中に乗り込む。ほどなく出発したバスは、空港内を横断し、飛行機の前で停車した。思っていたよりずっと小さい飛行機で、せいぜい20人くらいしか乗れなさそう。一応、フィンエアーのロゴが機体についているけれど、この飛行機でほんとにデュッセルドルフに行くのだろうか?電車ならともかく、飛行機の乗り間違いなんて洒落にならない。不安になった私は、近くにいた年配の女性に尋ねてみた。
「this Airplane to Dusseldorf?(この飛行機はデュッセルドルフ行きですか?)」
 文法もくそもない下手くそな英語だが、飛行機を指さしながら訪ねたので、なんとか意味は通 じたようだ。女性は「Ja!」と笑顔で即答した後、私の口を指さして、ゆっくり「Dus,sel,dorf」と繰り返した。発音のレッスンを受けているのだと察した私は、すぐに彼女の発音を真似て「Dus,sel,dorf」と繰り返す。これが、この旅行における私の、記念すべきドイツ語会話デビューとなった。
 飛行機の行き先を訪ねただけなのに、なんでいちいちドイツ語の発音レッスンを受けなきゃいけないんだ、やっぱり白人はアジア人を見下している、と怒る人もいるかもしれない。だが私はそのとき、嬉しかった。その場限りで別 れてしまう見知らぬアジアの旅行者を気にとめて、拙い発音を直してくれたドイツのおばさま。この旅行で初めて言葉を交したドイツ人が彼女だったことは、私にとって幸せだった。彼女との短い会話から「ドイツ人は親切」と単純に信じ込んでしまった私は、以後、あらゆる場所で見知らぬ ドイツ人に道を訪ね、その度に助けられた。ヴァンター空港で出会った婦人との会話によってすり込まれた「ドイツ人は親切」という思い込みは、旅行中、ずっと裏切られることはなかった。

ムーミンの登場人物についての考察記事や、テーマパーク「ムーミン・ワールド」の紹介、ムーミンショップの広告など、とにかくムーミン関連のページが目立つ機内誌「キートス」。