ベルリンに行こう
開幕前夜
・その1 ・その2
今日、ドイツの街で
・その1 ・その2
・その3 ・その4
クラクション・ストリート
・その1 ・その2
   
   
   
   
   




ベルリンのマスコットといえばクマ。市内のあちこちでクマのオブジェやイラストを発見できる。写 真は、ウンター・デン・リンデンの時計店のショウウィンドウ。時計の他に、時計とは無関係なはずのクマの木工人形が飾られていた。WM開催中とあって、ドイツやブラジルのユニフォームを着たクマも。よく見るとドイツのクマは13番、ブラジルのクマは9番の背番号付き。9番ユニを着たクマは、心なしか顔立ちがロナウドに似ているような…?

ファイナルの地をめざして

 ドイツから帰国してもう四ヶ月になろうとするのに、未だに耳に焼き付いて離れない歌がある。
  といっても、繰り返し歌われるサビの部分だけだが。
―――Berlin, Berlin, wir fahren nach Berlin! Berlin, Berlin, wir fahren nach Berlin!
 歌のタイトルも、サビ部分と同じく「Berlin, Berlin, wir fahren nach Berlin! 」。訳すと「ベルリン、ベルリン、僕たちはベルリンに行こう!」。
 この「僕たち」とは、これを歌っているドイツサポーターだけでなく、ドイツ代表イレブンをも含んでいると思われる。選手もサポーターも、みんなでワールドカップ決勝の舞台であるベルリンに行こう、と歌っているのだ。
 ドイツを応援する歌なのに「優勝しよう」ではなく「ベルリンに行こう」、つまり決勝戦に進出しようと歌っているところが面 白い。最終目標は優勝ではなく、決勝戦に出ることなのか?と勘ぐりたくなるが、別 にそんな深い意味はなく、「まずは決勝の地、ベルリンに行くことを目指そう」という意味なのだろう。
 歌詞を通して読むと、それがさらにはっきりする。「Finale」とはファイナル、つまり決勝のことだ。また、この歌詞はイタリアとの準決勝前に歌われたバージョンなので、歌詞に「Italiener(イタリア人)」という単語が出てくるが、本来はまた別 の単語が入るものと思われる。

Berlin, Berlin, wir fahren nach Berlin!!!
Berlin, Berlin, wir fahren nach Berlin!!!
Berlin, Berlin, wir fahren nach Berlin!!!
Berlin, Berlin, wir fahren nach Berlin!!!

Boa ihr macht heut abend die Pizzalieferranten platt!!!

Finale Oho, Finale Ohohoho!!!

Ihr schafft das auf jeden fall!!!
Die Italiener haben angst vor euch... Ich dr歡ke euch ganz fest die Daumen!!!

Finale oho, Finale Ohohoho!!!

Berlin, Berlin, wir fahren nach Berlin!!!
Berlin, Berlin, wir fahren nach Berlin!!!
Berlin, Berlin, wir fahren nach Berlin!!!


 ワールドカップ(以下WM)のドイツ代表を応援するサポーターソングは幾つかあるが、この歌がもっともサポーターに支持され、あらゆる場面 で歌われていた。私も噂には聞いていたが、初めて間近で聞いたのは、そして彼らとともに歌ったのは、WM開幕戦でのことだった。ベルリン・ブランデンブルグ門前に設置されたPV(パブリック・ビューイング)会場で、ドイツ対コスタリカ戦のキックオフを待つ間、大勢のサポーターたちとともに合唱したのだ。ほかならぬ ベルリンで「ベルリンに行こう」と歌うのはなんだか妙な気もしたが、周囲の熱気が、そんなささいな違和感を帳消しにした。PV会場に詰めかけたベルリンっ子たちは、自分たちの街がWMファイナルの舞台となった誇りを胸に、声高く「Berlin!Berlin!」と歌っていた。彼らの高揚した気分が私にも乗り移り、いよいよ4年に一度のサッカーのお祭りが始まるんだという興奮とも相まって、「wir fahren nach Berlin!」は私にとって忘れられない歌となった。今もこの歌を聞くと、2006年6月のドイツの熱気が、胸に鮮やかに蘇る。
 思いきってベルリンに行ってよかった。行く前日までどうしようか迷っていたけれど、「ベルリンに行こう」と歌うこの歌に背中を押してもらう形でベルリン行きを決断し、その夜、泊まるホテルも決まらないまま、とりあえずケルンからベルリン行きの列車に飛び乗った。WM開幕を明日に控えた、6月8日のことだった。


サポーターソングに後押しされて

 もともと、開幕戦の「ドイツ対コスタリカ」はPV会場で見たいと思っていた。が、どの街で見るかは、ドイツに行ってからも決めかねていた。滞在地のケルンでも、大聖堂横の広場など、二ヶ所にPV会場が設けられる。ケルンで見るのが一番てっとり早くて、ホテル代もかからないだろうことは明白だった(ケルンでは、知人宅に一晩3000円という格安料金で泊めてもらっていた)。
 貧乏旅行なので、できるだけ経費を抑えたい反面、どうせなら、ドイツでもっともたくさんの人が集まるPV会場で見てみたいという欲望を抑えきれなかった。WM期間中は、試合が行われる12都市全てに「ファンフェスタ」と名付けられたPV会場が設置されることになっているが、中でもベルリンは、ブランデンブルク門から戦勝記念塔まで続く長大な6月17日通 りが、そのままファンフェスタ会場になるという。もちろんドイツ最大規模である。集まるサポーターの数も最大だろう。私がドイツ旅行中、ドイツ代表の試合をPV観戦できるのは開幕戦だけ。ならいっそ、首都ベルリンでPV観戦したい。そうだベルリンに行こう。「Berlin, Berlin, wir fahren nach Berlin!」と、サポーターたちも歌っているじゃないか。

この日、購入したBild紙(6月8日付)より。WM開幕直前になってもバラックの足の回復がおもわしくなく、「我らがキャプテンは開幕戦に出場できるのか?」と連日、マスコミをにぎわせていた。
そんな中、Bildはバラックが「Wasser」というミネラルウォーターを愛飲していることを発見。「奇跡の水がバラックを癒す」という見出しで、例によって大げさに紹介している。


 私の背中を押したのは、「ベルリンに行こう」の歌だけではなかった。ライン川クルーズと同様、このときもまた、ジャーマンレイルパスがベルリン行きの決め手となった。せっかく、ドイツ全土の鉄道が乗り放題になるパスがあるんだもの。ケルン近郊をうろうろするだけでなく、一度は「遠出」してみたい。遠出してこそ、ジャーマンレイルパスの「元が取れる」というものだ。そうだベルリンに行こう。そうしよう。
 泊まるホテルは、ベルリンに着いてから探せばいい。万が一ホテルの空きがなかったら、夜明けまで営業しているバーで夜を明かせばいい。とりあえず行ってしまえばなんとかなるさ…と、後先考えず現地に向かったのは、ドイツ旅行と全く同じ経緯だった。
 ドイツ旅行そのものも、チケットがないにもかかわらず、「ドイツに行けば、チケットが入手できるかも。行ってしまえばなんとかなるはず」と楽観視して、とりあえずドイツに向かったのだった。だがそう簡単にはチケットが手に入らず(このあたりの経緯は「サッカーを見る」に詳しい)、「なんとかならなかった」ことを思い知ったにもかかわらず、再び「なんとなるさ」と思い込んでベルリンに向かう私は、根っからの楽天家というか、学習能力が著しく欠如しているというか。
 だがこのとき(だけ)は、運良く「なんとか」なったのだ。


モノクロが似合う街


 ケルンからベルリンまで、ICE特急で4時間15分。途中、ドルトムント、ビアフィールド、ハノーバー、ウォルフスブルグと、ドイツサッカーファンには馴染み深い都市を次々と通 過する。名前しか知らない街ばかりなのに、「ここがハノーバー96の本拠地か」「ここが、 ダレッサンドロのいるウォルフスブルグか」と、興味津々で車窓から街の風景を眺められるのは、サッカーファンの「幸せ」だろう。
 だがベルリンに着いた時だけは、「ここが、ヘルタBSCベルリンの本拠地か」とは思わなかった。別 にヘルタが嫌いな訳ではない。そんなふうにクラブと結びつける必要がないほど、ベルリンは問答無用の大都市なのだ。
 ベルリン中央駅は、つい先日(5月28日)オープンしたばかりの真新しい駅だった。ドイツの建築家マインハルト・フォン・ゲルカンの設計で、鉄骨とガラスを幾重にも張り巡らせた斬新な構造は、未来都市を思わせる。ライアップされた夜は、特に美しい。周囲に他の建物がないため、駅だけが闇の中にぽっかり浮かび上がるのだ。
 私は知らなかったのだが、この駅が出来るまで、ベルリンには「中央駅」なるものがなかったらしい。というのも、長い間東西に分裂させていたからで、西ドイツ時代はツォー駅が「ベルリン中央駅」の役割を果 たしていたそうな。
 こんなふうに「中央駅」のエピソードひとつとっても、東西を壁で分断していた「陰の時代」が絡んでくるところが、ベルリンの魅力のひとつだと思う。いや「魅力」といったら、辛い思いをしてきた住人たちに失礼か。だが旅行者にとっては、いくら大都市としてめざましい復活を果 たそうとも、どことなく「陰」が感じられるところがベルリンの魅力なのだ。カラーではなく、モノクロで撮った方が似合う街並み。映画「ベルリン・天使の歌」の印象も強いのかもしれない。
 世界中どこの都市でも、特にそれが首都なら、大なり小なり激動の歴史に翻弄されてきているが、ベルリンのそれは際立っている。都市としての規模や、文化・芸術の中心地としての華やかさは、ニューヨークやパリ、ロンドンに劣るかもしれない。だがそれらの大都市にない魅力が、ベルリンにはある。それは何かと聞かれたら、私はおずおずと「独特の暗い雰囲気」だと答えるだろう。

DB(ドイツ鉄道)の無料雑誌「mobil」に掲載された、ベルリン中央駅の広告。他にも特集ページがあり、DBにとってこの駅の完成は、DBの威信をかけた大事業だったことが誌面 から伝わってくる。

 

 

黒白のコントラストがモダンでカッコイイ、中央駅のトイレ。貯水タンクが見当たらないが、壁に埋め込まれているのだろうか。
ちなみに、ドイツの公衆トイレは基本的にどこも有料。駅のトイレも例外ではない。


 大きな駅はどこもそうだが、このベルリン中央駅も構内にショッピングセンターを内包しており、特にフードコートが充実していた。まだ昼食を食べていなかった私は思わず匂いにつられそうになったが、その前に今夜、泊まる場所を確保しなくてはならない。既に夕方の4時になっており、事態は緊急を要していた。  
  駅の一階にあるインフォメーションコーナーに行って、片言の英語で「今夜、泊まるホテルを探して欲しい」と伝える。受付のお姉さんに「宿泊料の希望は?」と聞かれ、「40ユーロ(6000円)まで」と答えるところを、間違えて「4ユーロ(600円)」と答えてしまい、お姉さんに呆れ顔で「ハァ?」と聞き返されるなどの些細な行き違いはあったものの、意外なほど簡単に、希望どおりのペンションを探してもらえた。しかもベルリンのど真ん中、ツォー駅から徒歩数分のペンションである。
  「なんとかなる」と思ってベルリンにやって来たが、こんなにあっさり「なんとかなる」とは。受付に頼んでペンションを予約してもらった私は、浮かれ気分でインフォメーションコーナーを出て、食事をしようと駅構内のフードコートに向かった。が、ものの数分も経たないうちに、再びインフォメーションコーナーへと引き返すはめに。受付のお姉さんにもらった、ペンションの住所がプリントされた紙を置き忘れてきたのだ。慌てて、ついさっきドイツ語会話帳で調べた「vergessen(忘れる)」という単語を頭の中で繰り返しながらインフォメーションコーナーに舞い戻り、さっきのお姉さんから再びプリント用紙を受け取った。このとき覚えた「vergessen」というドイツ語は、その後、旅行中に幾度となく使用することになる。


ホーフ(中庭)から見た世界

 プリントされた住所によると、予約したホテル・ペンション「WAIZENEGGER」は、Sバーン「Savignypl.」駅の近くにあるらしい。さっそくSバーンに乗って「Savignypl.」に向かう。
 電車の窓から見たベルリンの街の第一印象は、「街の中に、森がある」だった。街のあちこちに公園があるのは、大都市では結構ありがちだが、ベルリンの場合、公園というよりは本当に「森」のようなのだ。広大な敷地に、緑豊かな大木が生い茂り、うっそうとした森のような雰囲気がある。
 ドア付近に立ったまま、それらの風景を眺めていると、背後から日本語の会話が聞こえてきた。振り向くと、日本人らしき男性二人が話している。雰囲気からして、旅行者ではなく、どうもベルリン在住の人たちのようだ。旅行のついでに、ドイツのレストランを取材する仕事を引き受けていた私は、あの人たちにも取材に協力してもらおうと思い、彼らの近くに行って話しかけた。本当に美味しいレストランを知るには、現地在住の人に聞くのが一番いい。
 私の予感は半分当たり、半分外れた。二人のうち一人は旅行者で、もう一人はベルリン在住だった。といっても、期間限定でベルリンに滞在している駐在員らしい。彼にベルリンのおすすめレストランを幾つか教えてもらい、ついでに、これから私が泊まるペンションのおおまかな位 置も教えてもらった。
 「Savignypl.」駅まで行かなくても、ひとつ手前のZoo駅からでも歩いて行ける距離だという。私は彼の指示通 りにZoo駅で降りると、さっきインフォメーションコーナーでもらった地図を頼りに、デパートやショッピングビルが立ち並ぶMommsenstr.を歩いた。このあたりは「クーダム」といって、ベルリンでも有数の繁華街らしい。ケルンにも繁華街はあったが、さすがにケルンとは規模が違う。道幅もケルンに比べてずっと広い。だが道路の植え込みがサッカーボール型に刈り取られ、ちょっとした「オブジェ」になってWMムードを盛り上げているのは、ケルンの街と同じだった。ケルンの場合は、公衆電話ボックスの上に大きなサッカーボールが乗っかっていたが、ベルリンでは植え込みがボール型をしているのだ。

 

WM開幕を控え、大通りの植え込みも、サッカーボール型に「化粧直し」。

 私はこのまま「街歩き」を楽しみたい欲望に駆られたが、それよりもまず、今晩泊まるペンションに行って、チェックインしなくては。だがちゃんと地図の通 りに歩いているのに、いっこうにペンション「WAIZENEGGER」が見つからない。インフォメーションコーナーでもらったプリント用紙には、ペンションの外観写 真も載っている。その外観を頼りに探しているのだが、ペンションがあるはずの「Mommsstr. 6」地区に来ても、写真のような外観の建物がない。おかしい。
 地図を見ながらうろうろしている姿がよほど頼りなげに見えたのか、通 りすがりの年配のご夫妻が声をかけてきてくれた。私はその好意に甘え、「ここに行きたい」とペンションの住所を指差すと、彼らは愛想良く道順を教えてくれた。
 やっぱりドイツ人って親切やわーと感動しながら、彼らに教えられた通 りに交差点を曲がる。だがそれでもまだ、見つからない。こうなったら、周囲の人に徹底的に聞きまくるしかない。どうせ、私は見た目からして完全にアジア人の旅行者だ。道に迷ったところで、恥ずかしいもへったくれもない。半ば開き直った私は、セカンドハウス(古着屋)の店員、古本屋の店員、カフェの店員など、この辺りに詳しいであろう人々に声をかけて、道を訪ねまくった。おかげで「Entschuldigung(あのー、ちょっとすいません)」という呼びかけの言葉が上達した。
 声をかけた人は年齢も性別もさまざまだったが、誰ひとりとして嫌な顔することなく、親切に場所を教えてくれた。結局そのうちの一人が、私を目当てのペンション前まで連れていってくれた。彼のおかげで、ようやく「WAIZENEGGER」に辿り着けた。一人でペンションにも辿り着けないなんて、情けない…と思いながら建物を見上げた私は、がく然とした。用紙に印刷された外観写 真とは、全く違う。どうりで、この写真を目当てに探しても見つからないはずだ。写 真では、建物の前に緑の木々が生い茂っていた。だが実際には、写真のような樹木などどこにもない。外壁の色も、写 真と実物とでは違って見える。
 いったいこの建物の、どの部分を写真に撮ったんだろうと思いながら、問をくぐって中に入る。するとたちまち、謎が解けた。道路からではなく、中庭から建物を撮った写 真だったのだ。
 それを知ったとき、さすがに私はむっとした。「普通、宿泊客向けの写 真を載せるなら、道路に面した外観やろうが!中庭から撮った写真を載せてどうすんねん」と。だが中庭に足を踏み入れてみて、なぜ、中庭から撮ったのか納得した。そこはまさに小さな「庭園」と呼ぶにふさわしい、美しく整えられた庭だった。後から知ったのだが、ベルリンの古い建物には、このように「ホーフ」と呼ばれる中庭が多いのだとか。きっとこのホーフは、この建物にかかわる人すべての「自慢」なのだろう。だからといって、やはり宿泊客向けの写 真は、道路に面した外観を載せるべきだと思うけど。

 ペンションの受付係は、若い女性だった。だがドイツの若者にしては珍しく、彼女は英語があまり得意ではなく、おかげでチェックインに手間取った。だがなんとか書類にサインをして、お金を払い、チェックイン完了。部屋に荷物を預けて、ペンションを出た。すでに夕方の6時だったが、まだ空は明るい。ケルンと同じくこの街も、9時半を過ぎてからようやく暗くなるのだろう。
 心配だった宿も確保したし、これで心置きなく「ベルリンの夜」を楽しめる。特に今夜は、WMの開幕前夜。四年に一度のお祭りを明日に控え街は、どんな表情を見せてくれるだろう。
 私はさっき通ったMommsstr.を、再びZOO駅目指して歩き出した。  

ホテル・ペンション「WAIZENEGGER」が入っている建物のホーフ(中庭)。大都会の真ん中にありながら、一歩中庭に入ると、都会の喧騒から解き放たれた静かな時間を過ごせるのがいい。私も中庭付きのマンションに住みたくなった。

入り口からエレベーターを望む。 階段の窓を飾るステンドグラス。