ベルリンに行こう
開幕前夜
・その1 ・その2
今日、ドイツの街で
・その1 ・その2
・その3 ・その4
クラクション・ストリート
・その1 ・その2
   
   
   
   
   





PV会場の屋台でソーセージを買う少年。丸いパンにソーセージを挟むのはドイツではポピュラーな食べ方だが、注目すべきは少年の足元に見えるイラスト。擬人化されたソーセージが、自ら嬉しそうにパンの上に倒れ込んでいる!…うーん、シュール。


小便小僧だらけのハーフタイム

 ハーフタイムになると、待ってましたとばかりにビアスタンドやソーセージスタンドの前に人だかりができた。たちまちPV会場はビアホール会場と化し、ビールジョッキ片手にサッカー談義に花を咲かせる人たちで賑わう。私もあの輪の中に入ってけたら…やっぱり次来るときは、もっとドイツ語を勉強してこよう。そんなことを思いながら会場をうろうろしていると、見慣れない光景を目撃してぎょっとなった。PV会場となっている6月17日通 りの脇には、ちょっとした森が広がっている。その森の中で、何十人というサポーターが立ち小便していたのだ。
 それは今だかつて見たことのない、壮観な光景だった。やはりビールをたくさん飲む分、排泄回数も多くなるのだろうか。にしても、立ちションするならもっと会場から見えない、森の奥に行ってすればいいのに。会場のすぐ脇でするものだから、ビアスタンドからも丸見えだ。液体の色も似ているし、あれではビールを飲む気がしなくなるのでは…と思ったが、それは余計な心配だったようで、立ちション集団のすぐ近くで、おじさんたちは幸せそうにビールをがぶがぶ飲んでいる。さすがだと思った。
 彼らを見習って、私もビアスタンドに行ってみた。メニューを見るとビール以外にミネラルウォーターを売っていたので、それを購入する。ついでに、売り子をしている若い女性に「ドイツで一番人気のある選手は誰?」と聞いてみた。すると、答えはまたしても「Ballack」だった。「それ以外は?」と訪ねると、「Klose、Podolski」という返事が返ってきた。私はDankeと礼を言ってその場を離れ、会場内を見渡した。
  なるほど、確かに「13 Ballack」や「20 PODOLSKI」とマーキングされたユニフォームを着た若者の姿が目立つ。他には「7 SCHWEINSTEIGER」のユニフォームを着ているサポーターも多かった。バラックの人気ぶりはこれまで日本でも伝えられてきたが、ポドルスキーとシュヴァイニの若手コンビの人気ぶりもめざましいというのを、周囲を見回して実感する。
 それに対して、売店の女性が「クローゼも人気が高い」と言ったにもかかわらず、「11 KLOSE」とマーキングされたユニフォームを着ている者が少ないのが不思議だった。だがこれは後で聞いた話によると、ドイツではもともと「11」という数字に人気がないから、なのだそうだ。
 他に目立ったのは、背中に「13 」がプリントされた、デザインTシャツを着ている人たち。これは、特に女性や子どもに多かった。「13」という番号はドイツの代名詞にもなっているらしく、「13 Ballack」以外にも、「13 GERMANY」「13 DEUTSCHLAND」とプリントされたユニフォームやシャツが、スポーツショップで豊富に売られている。胸元が大きく空いたセクシーなデザインのシャツも多く、ボディラインを強調したい若い女性が好んで着ているようだった。
 思い思いの格好で応援を楽しむサポーターたちを眺めるうちに、私ははたとあることに気がついて、改めて周囲をぐるりと見渡した。 ―――やっぱり、そうだ。こんなに広い会場内に、白人しか見当たらない。それがなんとも奇妙だった。ドイツは移民の多い国だ。街中や、電車の中でもトルコ人や黒人と必ず出会う。なのに、ここには白人しかいないのだ。
 ドイツ代表を応援しているのは白人だけなのだろうか?いや、そんなことはないはずだ。現に私は、日本人なのにドイツを応援したくて、ベルリンまでやってきた。だがそれは私が旅行者で、応援以外に「観光」の目的もあるから、なのだろう。ドイツに住んでいる異国人は、わざわざPV会場まで出かけなくとも、テレビで観戦するだけで十分なのかもしれない。  


開幕戦で2ゴールと活躍したクローゼを、Bild紙は見開き記事で特集(6月11日付)。クローゼの少年時代の写 真も掲載して、その生い立ちを紹介している。

サポは見た目じゃ分からない?

 そんなことを思っているうちに、ハーフタイムが終わり、後半戦が始まった。最初は立って見ていた私だが、ベンチが空いたのを見て、そこに座ろうと歩み寄る。と、そこで初めて非白人の観客を発見した。トルコ系と思われる小太りの中年女性グループで、ユニフォームはもちろん、ドイツを応援するグッズを何も観につけていないことから、それほど熱心なサポーターという訳ではなさそうだ。座ってのんびり観戦しているのを観ると、PV会場の雰囲気を楽しむためにここに来たサッカーファン、という風情だった。
 私はなんとなくほっとして、彼女たちの隣に座って観戦した。後半が始まってしばらくは、なんとなくダラけた試合展開だった。後半16分にクローゼが再び得点し、3対1と突き放してからは、PV会場にもいささか楽勝ムードが漂い始めた。談笑しながら観戦する人の姿が目立ってくる。それはいい。ちょっと呆れてしまったのは、早くも試合に飽きてしまったのか、試合そっちのけでチャンバラを始めるサポーターが出始めたことだ。しかもそういう人に限って、ドイツカラーの山高帽をかぶったり、応援用の細長いスティック風船を持っていたりする、派手な応援スタイルのサポーターたちなのだ。そのスティック風船を振りかざして、チャンバラごっこ(というのは日本風の呼び方だが。ドイツでは『騎士ごっこ』とでも言うのだろうか?)に興じる姿は、日本のスタジアムでもよく見かける、試合に飽きてスタンドで鬼ごっこをしている子どもとなんら変わらなかった。
――――おいおいあんたら、いかにも熱心なサポーターっぽい格好しているくせに、もう試合に飽きたんかいな。ようするに、ただ騒ぎたいだけかいな。
 と、私はちょっぴり失望した思いで彼らを眺めた。「派手な応援スタイルで決めている」=「熱心なサポーター」という訳ではないのは、日本もドイツも変わらないようだ。
 もちろん、試合開始からずっと真剣な目でスクリーンを見つめている人たちもたくさんいた。そしてそういう人は、特にユニフォームなど着ていなくて、応援グッズも持っていない、地味な格好の人たちに多かった。彼らは単に騒ぐことが目的でPV会場に来た訳ではなく、本当にサッカーが好きで、ドイツ代表を応援しようとここにやって来たのだろう。一言でドイツサポーターといっても、いろんな種類に分けられるんだなと、そんな当たり前のことを私は改めて思い知った。

歌う門には勝ち来たる

 3対1と2点リードしている情況にもかかわらず、真剣な表情で試合を見つめる人が少なくないのは、以前から不安視されていたドイツの守備のもろさが、まったく改善されていないように見えるから、でもあった。そんな不安が後半28分に的中する。オフサイド戦術をとっていたドイツ守備陣は、その隙をついたコスタリカの選手にオフサイドラインを切り裂かれ、3対2と一点差に追い上げるゴールを許してしまう。たちまち、サポーターたちの表情が曇り、吐き捨てるように舌打ちする姿が目立った。スクリーンには、バラックがベンチから立ち上がって「何やってるんだ」とばかりに両手を広げるシーンが映った。カメラはたびたび、ベンチに座るバラックやカーンの表情を捉えていたが、カーンがわりと無表情なのに比べて、バラックは明らかに心配そうにピッチのチームメイトたちを見つめているのが、印象的だった。
 3対2と一点差に追い上げられ、PV会場にも「このまま逃げ切れるのか」という不穏気な雰囲気が漂い始める。いや、この試合はなんとか勝てるかもしれないが、ドイツ守備陣のザルっぷりが相変わらずなのがはっきりしたことが、サポーターの表情を暗くしていた。
 だが試合終了近くの後半42分、またしてもサポーターの不安を吹き飛ばすゴールが生まれる。決めたのはフリンクス。ラームの先制ゴールに優るとも劣らない、豪快な弾丸ミドルがネット上方に突き刺さった。それまで不安と苛立ちが入り混じった表情でピッチを見つめていたバラックが、大きく万歳をしながら真っ先にベンチから飛びだしてくる。その姿は、PV会場を埋め尽くしたサポーターたちの心境を代弁していた。歓喜の雄叫びが、ブランデンブルグ門上の女神像に届けとばかりに空いっぱいに響き渡る。4対2と再び突き放しただけでも嬉しいのに、それまでの鬱憤を吹き飛ばすような、実に痛快なミドルシュートだったからだ。特に点取屋ではないフリンクスのような選手でも、その気になれば軽々とこのような凄いミドルを撃てるところがドイツの魅力だ。やはり、気分がすかっとしたいときにはミドルに限る。ドイツ好きでよかったとつくづく思った瞬間だった。

こちらも、6月11日付のBild紙より。左:開幕戦をベンチで迎え、何かと注目を集めていたバラックとカーンを特集。ドイツが窮地に陥るたびに心配そうにベンチから身を乗り出すバラックに、エッフェンベルクが助言している。 その下はカーンの記事。控えキーパーとして、試合前やハーフタイムに黙々と練習するカーンに、ドイツマスコミは一様に同情的だった。 右:開幕戦のリザルト。その下には、貴重な4点目を決めたフリンクスの記事。豪快な弾丸ミドルを決めたフリンクスを「Hammer-Frings」と呼んで称賛している。


  それからほどなく、試合終了のホイッスルが吹かれ、会場内には再び拍手と歓声がとどろいた。4対2。ドイツらしい攻撃サッカーが開幕戦から炸裂したとあって、サポーターたちはおおむね、満足げな表情だった。FWだけでなく、サイドバック(ラーム)や守備敵MF(フリンクス)も得点を決めたあたり、幅広い攻撃力を見せつけた感があった。後になって振り返ってみると、この日得点したラーム、クローゼ、フリンクスは、その後もずっと好調で、ドイツ躍進の原動力といってもいい活躍をしたMVP級の三人だった。
 心配なのは、守備である。特にオフサイド戦術の限界を強く感じさせる試合だった。結局、開幕戦の教訓からか、次の試合からマンマーク戦術へと守備戦術が変わり、ドイツ守備陣は鉄壁の守備を見せてくれることになる。

 試合が終わっても、PV会場からはなかなかサポーターの姿が消えなかった。むしろ、増え続けているような感すらある。どうやら、PV会場はそのままドイツ勝利の祝宴会場となったようだ。自宅や、他の場所で試合を観ていた人たちが、共にドイツの勝利を祝おうと続々と6月17日通 りに集まってくる。あちこちで、ビールで乾杯するサポーターたちの陽気な笑い声が聞こえ、「ドイチュラ〜ン、ドイチュラ〜ン」というワンパターン(失礼)なコールがこだましていた。
 私もできればずっとこの場にいたかったが、レストラン取材の仕事が待っていた。昨日、「ベルリンおすすめレストラン」を教えてくれた日本人駐在員さんの親切に応えるためにも、そして私自身の食欲を満たすためにも、会場を出て繁華街へと繰り出さなくては。今から約3時間後の深夜1時には、もう中央駅から電車に乗って、ケルンに帰らなくてはならないのだ。
 私は後ろ髪を引かれる思いで、歓喜に沸くPV会場を後にした。だが本当の「お祭り」は、PV会場の外で起きていたのだった。


試合後、ゴミが散乱するPV会場から帰ってゆく人たち。ドイツは環境保護の意識が高いんじゃなかったのか!と悲しくなる光景だが、若者がたくさん集まるイベントは、どの国も似たようなものなのだろう。
小太りのおばさんが着ている背番号13番のシャツも、ドイツ応援シャツのひとつ。スポーツショップには、このような「背番号13 」グッズがたくさん売られており、特にバラックのファンでなくとも、着ている人は多いようだ。