ベルリンに行こう
開幕前夜
・その1 ・その2
今日、ドイツの街で
・その1 ・その2
・その3 ・その4
クラクション・ストリート
・その1 ・その2
   
   
   
   
   




左:1888年に死去したヴィルヘルム皇帝のために、19世紀末に建てられたカイザー・ヴィルヘルム記念教会。1943年に空襲を受け、破壊された。今もそのままの状態で保存されている。
右上:広場には屋台のほかにキックゲーム会場も設置され、若者たちが歓声をあげながらサッカーに興じていた。
右下:夜にはドイツの人気バンド・Right Said Fredのライブが行われ、会場を盛り上げた

半壊した教会の下で

 Mommsstr.をまっすぐ歩くと、ZOO〈ツォー〉駅に突き当たる。名前の由来は、駅のすぐ隣にあるドイツ最古の動物園にちなんでのもの。西ドイツ時代は「ベルリン中央駅」の役割を果 たしていた駅らしく、周囲はかなり賑やかだ。大通りが交差し、通り沿いには大型ショッピングビルが立ち並ぶ。周囲の賑やかさだけ見ると、先日、新しく完成したベルリン中央駅より、よほど「中央駅」らしい雰囲気がある。(ベルリン中央駅はだだっぴろい平地に立っており、周囲にはほとんど建物がない)
 だがそれらのショッピングビルや、駅名の由来となった動物園より断然、目立つ建物がある。今は廃虚となったカイザー・ヴィルヘルム記念教会だ。
 恥ずかしながら、この教会について全く予備知識がなかった私は、最初この教会を見たときびっくりした。「なんで、半壊した建物がそのまま残ってるんだ?」と。
 壁面の黒ずみ具合からして、半壊してから相当の年月が経っていることが分かる。あえて修復せず、壊れたままの形で残しているだろうことは、容易に見て取れた。きっと広島の原爆ドームや、長崎の浦上天主堂の庭にある被爆したマリア像と同じ理由だろう。
 だが「戦争の悲惨さを現代に伝えるモニュメント」という点では同じでも、日本のそれと、ベルリンのこの教会には決定的な違いがあった。教会の周りを賑やかな飾り付けの屋台が取り囲み、お祭りムードを盛り上げていたことだ。
 私が最初にそれを見たとき、強い違和感を感じたのはそのことだった。いくら明日からWMが始まるとはいえ、日本において、原爆ドームや浦上天主堂の周りを屋台が取り囲むことなど、あり得ない。もしそんなことが実現したら、たちまち「不謹慎だ」と批判されるだろう。
 だがベルリンでは違った。カイザー・ヴィルヘルム記念教会が、駅のすぐ近くの公園に隣接しているというのもあるのだろうが、周囲にはソーセージやビールの屋台が立ち並び、明日から始まるWMの「前夜祭」の様相を呈していた。


第二次世界大戦で空襲を受けたままの状態でそびえ立つ教会と、いくつもの国旗をかかげた派手な屋台が並ぶ光景は、なんともアンバランスだった。
ドイツといえば、ソーセージの屋台。鉄板でジュージュー焼いているのを見るだけで、つい足が止まる。

「屋台万博」とでも呼びたくなるほど、世界各国の屋台が軒を並べる。とりわけ目立っていたのが、布を売っていた中近東の屋台(上の写 真)。店員さんも中近東の人たちで、黒ずくめの民族衣装に身を包んで応対する姿は独特の異彩 を放っていた。

 

日の丸にちょうちん、のれんと、ほぼ完璧に「日本」を演出している寿司屋台。しかし店主はベトナム人。
屋台にかかげてあった寿司メニュー。ドイツでも寿司はブームで、デパートの地下や街角のファーストフードでよく見かけたが、こういうイベント広場で食べるのには適さないのか、あまり客が入っていないようだった。「ビールと合わない」というのが致命的なのかもしれない。

 私が到着したときはすでに夕方の6時半だったが、まだ空は明るく、教会周辺は大勢の人で賑わっていた。屋台の多くはビールやソーセージを売っていたが、ブラジルやオランダ、イタリア、韓国などの旗をかかげた屋台も多く、国際色豊かだった。
 日の丸をかかげた屋台もあった。黒地の布に、白字で「SUSHI」と書かれたのれんをかけている。日本人も屋台を出しているのか?と一瞬期待してその屋台に向かったが、店員さん(夫婦らしき中年男女)は、どう見ても日本人に見えなかった。聞くと、ベトナム人らしい。
 おそらく、ドイツのSUSHIブームにあやかって出店したのだろう。許可をもらって撮影したメニュー写 真も、「カリフォルニア巻き」「鮭とアボガド巻き」など、日本古来の「寿司」ではなく、アメリカ経由の「SUSHI」に見えた。

 

 食べ物以外の屋台も多かった。国旗やバッジなど、サポーターグッズを並べる屋台もあれば、ドイツやベルリンのポストカードなど、「観光土産物」を並べている屋台もあった。ユニークだったのは、中近東らしき国旗をかかげた屋台で、布を売っていたこと。かと思えば有名人の似顔絵を売っている絵描きもおり、サッカーやWMとは関係なく、「なんでもアリ」な雰囲気だった。
 「WM前夜ならでは」と思わされたのは、ミニサッカー場が設置されて、そこで若者たちがサッカーに興じていたことだ。さらに歩いていくと、どこかから歌声が聞こえる。近づいてみると、揃いの赤いユニフォームを来た集団が、歌い踊っていた。彼らのユニの色や、風貌からして、明日ドイツと開幕戦を戦うコスタリカのサポーターだろうか。ともかく、いかにも「ワールドカップらしい」光景ではあった。そう思ったのは私だけではないようで、陽気に歌い踊る彼らの周りには人垣が出来ており、カメラを向ける者もいた。

 その近くで、もうひとつ、大きな人垣ができていた。近づいてみると、キーパーにむかって次々にボールを蹴り込む、PKゲームのようなものをやっている。ボールが外に飛びださないよう、周りがネットで囲まれており、ネット沿いに世界各国の旗がかかっているのが、まるで運動会のようで楽しげだった。

輪になって歌い踊る、コスタリカのサポーターたち。たちまち、周りに人垣ができる。
キーパーめがけてシュートを蹴り込むキックゲーム。別 にゴールを決めたからといって商品がもらえる訳ではないらしい。
有名人を描いた、自作の鉛筆イラストを売るアマチュアアーティストもいた。 描かれた有名人はシューマッハ、シュワルツネッガー、バラックなど。絵を買わずに写 真だけ撮る私はヒンシュク者ですね…すみません。


カレーとケチャップとソーセージ

 それらを眺めている間も、焼き立てのソーセージのいい匂いが屋台から漂ってくる。取材のためにも、ちゃんとしたレストランで夕食を食べたいと思っていた私だが、その匂いには抗いきれずに、ふらふらとソーセージ屋台に引き寄せられていく。もちろん、買うソーセージは決めている。ベルリン名物の「Curry Wurst(カリーヴルスト)」だ。その名の通り「カレーソーセージ」で、カリッと焼いたソーセージにカレー風味のパウダーとケチャップをかけていただく。

 幾つか出ていたカリーヴルストの屋台の中から、一番流行ってそうな屋台に行って、メモ帳を取り出し、そこにあらかじめ書いておいた「ソーセージの頼み方」の定型分を見ながらカリーヴルストを注文する。飲み物は何にしよう?やはりここはビールを頼むべきなのだろうが、「カレーとビール」という組み合わせがちょっと濃すぎるように思えた私は、コーラを頼んだ。(後になって、この注文を後悔することになる)
 カリーヴルストはすぐに出てきた。日本ではあまり馴染みのない、端っこが花びらのようにぎざぎざに波打ったお皿に入っている。とろーりかかったケチャップの美味しそうなこと!日本のそれよりずっとなめらかに見える。きっと屋台によって、カレー粉やケチャップの配合がそれぞれ微妙に違うんだろうな。そんなことを思いながら、手渡されたヴルストの皿を抱えていそいそと座れる場所を探す。…と、ここで忘れもの第二弾。さっきの屋台に、メモ帳を置き忘れたことを思い出して慌てて屋台に舞い戻る。ベルリン中央駅で覚えたばかりの「vergessen(忘れる)」という単語が、このとき再び役に立った。メモ帳は屋台のカウンターの上にぽつんと取り残されていた。私が「vergessen!」と言いながらそのメモ帳を指さすと、屋台のおじさんはニッコリ笑ってメモ帳を私に手渡してくれた。

 メモ帳を取り戻した私は、再び座る場所を探して、テラス席がひしめく広場へと歩を進めた。だがテラス席はすでにビール片手のおじさんたちで埋まっている。ここに限らず、本当にドイツ人はテラスでビールを飲むのが好きだ。ケルンでもベルリンでも、レストランにはほとんどといっていいほどテラス席があり、天気のいい日は室内よりテラスの方が賑わう。冬が長い国だから、暖かい時期はできるだけ太陽を浴びたい、食事も太陽の下でとりたいという思いからだろうか?だが日中だけでなく、日が暮れた夜になってもテラス席が賑わっているところを見ると、理由はそれだけではなさそうだ。


 

 結局、広場の端にある噴水の周りの石に座って、揚げたてのアツアツヴルストをほお張った。カレーパウダーだけでも濃厚なのに、その上にさらにケチャップをかけるなんて、ちょっとくどすぎるのでは……と食べる前は思っていたけど、いざ食べるとそれほどくどくない。ケチャップの味が日本のそれとは違うからだろうか。失敗したなと思ったのは、飲み物にコーラを選んでしまったこと。カリーヴルストだけならそうでもないが、コーラと共に味わうと、さすがに口の中がちょっと辛くなってきた。ミネラルウォーターの方が良かったかな。日本でもカレーを食べるときの飲み物は「水」と決まっているし、それはドイツでも変わりなかったらしい。 >>続く

ベルリン名物、カリーヴルスト。ベルリンが発祥の地らしく、他の都市ではあまり見かけない。
周囲が波うった皿の形も独特。
カリーヴルストの屋台と、イートイン用の小さな丸テーブルで買ったばかりのヴルストを食べる人たち。いろんな国の旗を張りまくって賑やかさを演出するのが、ドイツ流?