ベルリンに行こう
開幕前夜
・その1 ・その2
今日、ドイツの街で
・その1 ・その2
・その3 ・その4
クラクション・ストリート
・その1 ・その2
   
   
   
   
   





カイザー・ヴィルヘルム記念教会の中に展示されているキリスト像。教会の一階は展示室になっており、実際の礼拝は、隣に建てられた新しい教会で行われている。

立ち上がれ!チャンピオン

 そうこうしているうちに、噴水の隣に設置されているステージの方が騒がしくなってきた。これからライブでも始まるのだろうか、ぞくぞくと人が集まってくる。と思っているうちに、ステージの方からバンドの演奏が聞こえてきた。マイクを通 したボーカルも聞こえてくる。……英語の歌だ。ここはドイツなのに、なんで?と思ったが、そういえば以前、ドイツのポップス界では、ドイツ語ではなく英語の歌が主流になりつつあると聞いたことがあったっけ。それだけ、ドイツの若者層に英語が定着しているということなのだろう。
 どんな人たちが演奏してるんだろう?と、カリーヴルストを食べ終えた私はステージ前の、客席へと移動した。ステージの壁に大きくAll-Nations-Boulevardと書かれている。最初はバンド名かと思ったが、後で調べてみると、ZOO駅前の広場から大通 り一帯を指す地名らしい。(Boulevardは「幅の広い並木道」の意味)
 バンドのボーカルは、スキンヘッドだった。傍らで演奏しているギターもスキンヘッドで、二人ともなかなかのマッチョである。ギターを弾いているスキンヘッドがドイツ代表ユニフォームを着ていたこともあって、思わず4年前のドイツ代表のストライカーだったヤンカーを思い起こさせた。これも後から調べてみると、演奏していたのはRight Said Fredというバンドで、ドイツではけっこうな人気者らしい。だが私の中ではすっかり「ヤンカー二人がいるバンド」として定着してしまった。
 ノリのいいロック調の曲が多かったが、もっとも盛り上がったのは「STAND UP (FOR THE CHAMPIONS) 」という曲だった。ヤンカー似のボーカルが「STAND UP!」とシャウトしながら拳を天に突き上げるたびに、観客も拳を天に突き上げる。最後のアンコールでもこの曲が再び歌われ、サビの「STAND UP! FOR THE CHAMPIONS」の部分は合唱になった。覚えやすいフレーズなので、私も一緒に口ずさんだ。「立ち上がれ、チャンピオンたちよ」という歌詞が、明日から始まるWMに挑むドイツ代表への応援歌のように聞こえた。
 無料の野外ライブだからだろう、私のような通りすがりの客もけっこういて、客層はバラエティに富んでいた。ドイツ人以外の客も多い。いずれにしても、ステージのすぐ前では若者たちが拳を突き上げながらぴょんぴょん飛び跳ね、後ろの方では年配の人たちが腕を組んでじっくり歌に聴き入っていたのは、日本と変わらぬ 光景だった。
 日本との違いを感じたのは、そこかしこで年配のカップルが、互いの手を握りながらうっとりと肩を揺らしていたことだ。ドイツに限らず欧米では、年配のカップルも堂々と野外でイチャイチャ(笑)する。だが見るからに仲が良さそうで、見ていていやらしい感じが全くしない。
  私の前で歌に聴き入っていたカップルも、そんな年配の紳士と淑女だった。男性の方がどことなくベッケンバウアーに似ていたことがおかしくて、私はつい彼らに目がいってしまっていた。つい先日、ベッケンバウアー再婚のニュースを 聞いたばかりだったのだ。ドイツは幾つになってもロマンスが花咲く「恋の国」なのだなあと、彼らを見ていると思わずにはいられなかった。

上:Right Said Fredのライブに聞き入る観客。無料の街角ライブなので、ふだん彼らのコンサートに足を運ばないであろう年配のお客さんもけっこういた。

上:会場を警備する警官たちも、ライブに合わせて体を揺らすなど、リラックスムード。 旅行客にカメラを向けられると、全員で笑顔でポーズを取ったりして、庶民的なおまわりさんたちだった。

右: 夕日を浴びて輝くカイザー・ヴィルヘルム記念教会

立ち上がれない日本人

Right Said Fredのアルバム「STAND UP」。本文に出てくる「STAND UP (FOR THE CHAMPIONS) 」 も収録。

 バンドの演奏が終わると、次はDJ風の男性が出てきて、一人でレコードを回しながらギグを始めた。するとたちまちステージの前から観客がいなくなり、ほんのわずかな客しか残らなかったのは気の毒だった。そういう私も、いつしか空が暗くなり始めているのに気づき、ステージの前から離れて帰途につこうとしたのだが。ライブに聞き入っていて気づかなかったが、ふと時計を見るともうすぐ10時になろうとしていた。
 さっきまで明るかった空も、いったん陽が沈み始めると早く、たちまちあたりは薄暗くなった。旅行客が深夜、見知らぬ 街をうろつくことほど不用心なことはない。それは分かっているものの、さっきのライブの熱気がまだ抜けきらない私は、ZOO駅構内の書店に立ち寄って、サッカー雑誌を購入した。店を出ると、あたりは真っ暗。来る時に通 って、覚えたはずのペンションへの帰り道も、暗やみの中だと全く別の道に思える。駅の周囲にはホームレスのような人もうろついており、さすがに怖くなった私は競歩なみの早歩きでペンションへの道を急いだ。昼からカリーヴルストしか食べていないのでお腹が空いているはずなのだが、それより「早く返らなきゃ」という危機感の方が勝っていた。
 ペンションに着いて、自室にたどりついてから、ようやく「しまった。パンと水だけでも買ってくればよかった」と後悔する。お腹が空いているのはもちろん、それ以上にのどが渇いて仕方がない。日本とちがって、ドイツの水道水は石灰分が多く、そのままゴクゴク飲めないのだ。
 しかしもう一度、ペンションを出て水を買いに行く気にはなれない。渡された部屋の鍵はかなり開けにくく、この部屋に入るのに一苦労だったのだ。それに深夜の街に出たところで、日本のコンビニのような24時間営業の店があるとも限らない(たぶんない)。旅慣れている人なら、こんなときのために非常用の水やカロリーメイト、また薬などを携帯しているのだろうが、無知な私は何ひとつ持っていない。
 そうしているうちに咽の渇きと空腹で、立ち上がるとめまいがするようになってきた。崩れるようにベッドに倒れ込む。空腹はともかく、咽が渇いているのに水が飲めないというのが、こんなに辛いとは思わなかった。追い討ちをかけるように、つけっぱなしにしているテレビから、ZDFのニュースキャスターが「明日の開幕戦、キャプテンのミヒャエル・バラックが出場できそうにありません…」と深刻な表情で伝えてくる。すぐ後に、これまた険しい表情のクリンスマン監督の記者会見と、明らかに不服そうなバラックのインタビューが流れる。どうやらクリンスマンとバラックは、明日の出場をめぐってにわかに対立しているらしい。しかし自分自身が明日の朝、無事に起きられるかどうか分からない今の状況では、そんなニュースも上辺だけで通 り過ぎていった。とにかく今は、ドイツ代表のことを心配するより、自分の体を心配しなくては。私はテレビの電源を切ると、布団にもぐって無理やり目をつむり、朝が来るのを待ち続けた。とにかく明日、早く起きてペンションの朝食を食べて体力を回復させるしかない。しかし果 たして明日の朝、ちゃんと起きられるのだろうか?WM目的でドイツに来たのに、そのWMが開幕する朝に病院に運ばれたりしたら惨めすぎる。私はいったいなんのためにドイツに来たんだ。ここで倒れたら後の日程が全てパーだ…などと、体が弱っていると心まで弱るのか、悪い方へ悪い方へと頭を巡らせているうちに、いつしか眠りに落ちていった。

ZOO駅の前にあった映画やコンサートの広告看板に、宮崎駿監督の「天空の城ラピュタ」を発見。ちょうどドイツで公開されているらしい。
この日、購入したBild紙(6月8日付)の映画コーナーでも「ラピュタ」が大きく取り上げられていた。