ベルリンに行こう
開幕前夜
・その1 ・その2
今日、ドイツの街で
・その1 ・その2
・その3 ・その4
クラクション・ストリート
・その1 ・その2
   
   
   
   
   
   





PV会場へと向う途中で出会ったジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)。足元でひるがえっているのはワールドカップの黄色い旗。
ブランデンブルグ門に向かう途中、6月17日通 りでこんなキュートな車を発見。車体には「GIRAFFE(ドイツ語でキリンのこと)」と書かれており、車上にはキリンのオブジェが。後で調べると、ベルリンにある同名レストランの宣伝カーだと判明

GIRAFFE http://www.giraffe-berlin.de

君もバラックのファンか!

 お腹を満たした私は、店を出て、再びSバーンに乗ってZOO駅へ。そこから、ブランデンブルグ門へと続く「6月17日通 り」を歩き出すと、再びドイツカラーの帽子やマントを身に付けたサポーター集団と遭遇した。今度ははぐれないように、しっかりと彼らの後をついて歩く。
 歩いているうちに、みるみる周囲のサポーターの数が多くなり、彼らが皆、同じ方向に歩いていくのを見て、ちゃんとブランデンブルグ門へ向かって歩いているのだなと分かった。ちょうど私の前を若いカップルが手をつないで歩いていたのだが、男性の方はバラックの名前と背番号入りのユニフォームを着ていた。すると途中でそれを見かけた他のサポーターが、その男性に「おい!あんたバラックファンなのかい?俺もバラックが好きなんだよ」と話しかけ、二人はたちまち意気投合して、立ち止まってサッカー談義に花を咲かせ始めた。その光景を目の当たりにした私は、思わず「私も!私もバラックのファンなんよ」と言って、彼らの会話に加わりたい衝動に駆られた。
  が、もちろんそんな語学力はない。それは仕方ないとしても、せめて、私もバラックの背番号入りユニフォームを着てくるべきだったかなぁ、とちょっぴり後悔する。というのも、私も、日本からドイツ代表ユニフォームを持参してきていたのだ。四年前に購入したもので、そのときは背番号なしのユニフォームしか売られていなかった。どうせならドイツで名前と背番号「Ballack13」をマーキングしてもらおうと、スーツケースに詰めてドイツまで持ってきた。
 だがいざドイツに来てみると、なんだか急に自分の行為に疑問を感じて、そのユニフォームにマーキングしてもらうどころか、着ることすらできないでいた。(なんで私、日本人なのに、ドイツユニを着ようとするの?)という根本的な疑問に、ぶちあたってしまったのだ。
 詳しくは「ユニに13番をマーキングしてもらう」に書いたが、そういう訳で、わざわざ日本からユニフォームを持参していたにもかかわらず、間借りしているケルンのH氏宅に置いたままで、ベルリンには持ってきていなかったのだ。
 だが目の前で、見知らぬ他人同士が「バラックファン」というだけで意気投合しているのを見せられると、私もバラックのネームと背番号入りユニを着て、自分がバラックファンであることを表明したくなってくる。たとえ言葉が通 じなくとも、ユニフォームを着ているだけで、「○○ファン」ということは伝えられるからだ。

 そんなことを思いながら歩いていると、前方に、天高くそびえる黄金の天使像が見えてきた。映画「ベルリン・天使の歌」にも登場した戦勝記念塔「ジーゲスゾイレ」だ。純白でも象牙色でもなく、金色というのがドイツらしい。天使の表情も、イタリアやベルギーの天使像のような慈愛に満ちた優しさではなく、どことなく冷たい、高貴な表情をしている。
 映画では、中年天使たちが天使像の肩に座って羽根を休めていた。私たち人間は、さすがにそんなとこまでは登れない。だが285段の階段を登って、天使像の足元には登れるらしい。ケルン大聖堂の509階段に比べれば、285段なんてたいしたことないように思える。だが少し迷ったものの、結局、体調を考えてこの日は昇らないことにした。それよりもまず、ブランデンブルグ門にたどりつくことが先決だ。

 ジーゲスゾイレを通り過ぎると、道幅はさらに広くなり、それにともなって人の数もますます多くなった。当たり前だが全てドイツサポーターで、みな、何かしらドイツを応援するグッズを身に付けている。黒・赤・黄金のドイツカラーを身にまとった群れに囲まれてさらに歩くと、ようやくPV会場にたどりついたらしく、入場ゲートに警官たちが横一列にならんで、入場者の服装と持ち物チェックを行っていた。私もそのチェックを済ませてから、中に入る。会場には既に大勢のサポーターが詰めかけており、設置された巨大スクリーンに映し出される開会式の模様を、ビール片手に眺めていた。すっかりお祭り気分の彼らの中をかきわけるようにして、さらに先に進む。長大な「6月17日通 り」そのものがPV会場になっており、PVスクリーンも、約100メートル間隔で通 りに幾つも設置されている。だが私がたどりつきたいのは、一番奥のブランデンブルグ門前のPV会場なのだ。ここまで来たなら、どうせならメイン会場で見たいと思うのが人情というものだ。(野次馬根性とも言うが)


PV会場で試合開始を待つサポーターたち。会場にはビールやソーセージの屋台の他、ユニフォームなどのサッカーグッズを売る店がたくさん軒を並べていた。

背番号のないドイツ人

 それにしても長い。歩いても歩いても、ブランデンブルグ門は見えてこない。既にミュンヘンのアリアンツ・アレーナでは開会式が始まっており、鮮やかな衣装の民族舞踏団がピッチ上で舞う姿を、スクリーンが映し出す。そのスクリーンの下を幾つもくぐりぬ け、最終地を目指してサポーターの群れをかきわけ、進む。
 途中で、インフォメーションセンターらしきプレハブの建物が目に入った。そういえば、昨日出会った日本人にもう一度、ベルリンの美味しいレストランの詳しい住所を電話で確認しておこう。そう思った私は、そのプレハブの中に入って、ドイツ語会話帳を見ながら「公衆電話ボックスはどこ?」と訪ねてみた。
 だが応対してくれた女性は、その質問の答えよりもまず、私に、「Japan?」と訪ねてきた。私が「Ja」と答えると、彼女はたちまち目を輝かせて、いったん奥にひっこんだ。少ししてから戻ってきた彼女は、傍らに日本人の男性を伴っていた。
 またしても、日本人との偶然の遭遇である。彼の方も、こんな所で日本人と出くわすとは思っていなかったらしく、驚いた顔で私を見ている。
 とりあえず後は日本人同士で話してくれということで、私と彼はプレハブから追いだされるようにして外に出た。聞くと、彼はWMのボランティアスタッフで、日本では整骨院に勤めているらしい。ということは、ボランティアのために、わざわざドイツまでやってきたということか。一瞬、「いいなあ。私もボランティアしてみたい」思った私だが、そのすぐ後に、彼が他のドイツ人のボランティアスタッフとドイツ語で会話しているのを見て、「そうか、ドイツ語が話せきゃ無理か…」とあっけなくその夢を諦める。
 そして残念ながら、PV会場内に公衆電話ボックスはないということだった。だがせっかくなので、かねてから疑問に思っていたことを彼に聞いてみる。
「ドイツ人のサポーターには、ユニフォームの背中に背番号をマーキングする習慣がないんですか?」
 そうなのだ。PV会場にあふれかえるドイツサポーターたちの背中は、ほとんどが背番号なしの空白なのだ。それが私には不思議だった。日本のサポーターたちは、ユニフォームを買うときは必ず贔屓選手の背番号入りのユニフォームを買うか、マーキングを頼むのに。私もそれが当たり前だと思っていたから、ドイツに来て、背中が空白のユニフォームを着ている人が圧倒的に多いのを見て、意外に思った。日本よりずっとサッカーが根づいている国だから、「チームより選手」なサポーターが多く、選手の背番号をユニフォームに入れる習慣がないのかもしれない、と。
「そうなんですよねぇ」
  と、日本人のボランティア青年(年は20代後半〜30代前半くらいだろうか?)もうなずいた。私は我が意を得たりとばかりに、
「スポーツショップに行っても、背番号なしのユニフォームばかり売ってるし。背番号付きのは、13番のバラックユニしか売っていないし…」
「でも、ベルリンの大きなスポーツショップに行けば、色んな選手の背番号入りユニフォームが売っていますよ」 と、ボランティア青年。興味をひかれた私は、その店の場所を聞くとともに、その店で聞いてみたい言葉「誰のユニフォームが一番売れていますか?」はドイツ語で何と言うのか、聞いてみた。すると彼は私のメモ帳に、ドイツ語でその言葉を書いてくれた。それだけでもありがたいのに、さらに彼は、「やっぱりドイツ人に書いてもらった方が確実だから」と、メモ帳を持って、さっきのインフォメーションセンターに引き返してくれたのだ。しばらくして戻ってきた彼の手には、ドイツ人スタッフに書いてもらったという、達者なドイツ語が踊るメモ帳が握られていた。
 昨日、電車で出会った彼といい、どうして異国の地で出会う日本人は、こんなにも親切なのだろうか。彼はWMのボランティアスタッフだから、WM目当ての旅行客に親切なのは当たり前といえば当たり前かしれない。いや、私の図々しい注文に、ここまで誠実に応えてくれるのは「当たり前」ではないだろう。彼に礼を言って別 れた後も、私の心はぽかぽかと暖かだった。異国の地で受ける他人からの親切は、一人旅の何よりの栄養剤だと思った。

>>続く