ベルリンに行こう
開幕前夜
・その1 ・その2
今日、ドイツの街で
・その1 ・その2
・その3 ・その4
クラクション・ストリート
・その1 ・その2
   
   
   
   
   




ドイツの勝利を祝う祭りが始まった。ZOO駅前の交差点を、何台もの車がクラクションとともに走りすぎてゆく。車窓から振られるドイツ国旗が、暮れなずむ街に鮮やかなアクセントをつけていた。

未知との騒音

 アイスバインがベルリンの名物料理だと知ったのは、ドイツに行く直前に読んだガイドブックからだった。それを知って心が、いや正確には「胃袋」が踊った。「ドイツでアイスバインが食べたい」と、ずっと思い続けていたからだ。
 ベルリンの電車内で偶然出会った日本人駐在員さんからも、「アイスバインが美味しい店」を教えてもらった。絶対行こう!と思いつつ、タイミングを逃して行けないでいた。そうこうしているうちに、もうベルリン最後の夜を迎えてしまった。(といっても、ベルリンに着いたのは昨日の夕方なのだが)
 今夜12時にはベルリンを経って、ケルン行きの電車に乗らなくてはならない。アイスバインが食べられるチャンスは今夜しかない。無事、ブランデンブルグ門前でWNの開幕戦も見ることができたし、後はアイスバインさえ食べられれば、もうベルリンに思い残すことはない。
 アイスバインアイスバインと頭の中で連呼しながら、6月17日通りをZOO駅に向かって引き返す。周囲には、私と同じくPV帰りの人たちが、得意げにドイツ国旗を振り回し、「ドイチュラ〜ン、ドイチュラ〜ン!」と歌いながら気分良さそうに歩いていた。
 ZOO駅に近づくにつれ、どこからかクラクションの音が聞こえてきた。パトカーが、逃げる車を追いかけているのだろうか?ドイツの開幕戦勝利に浮かれてハメを外した車だろうか?などと思いながら歩いていくと、ますますクラクションの音が大きくなる。どうも鳴らしているのは、一台や二台ではなさそうだ。……ベルリン中のパトカーが大挙して出動している?いやまさか、そんなはずはない。準決勝や決勝ならともかく、たかが開幕戦(しかも勝つのが確実だと思われていた試合)に勝ったくらいで、そんな大騒動になる訳がない。
 甘かった。ZOO駅につくと、既に「大騒動」が始まっていた。違うのは、さっきから響くクラクションの音はパトカーではなく、勝利に沸くサポーターの車が鳴らしているということだ。
 ZOO駅を過ぎて、レストランを探して繁華街クーダムに向かうと、クラクションの音はさらに激しくなった。広い並木道「All-Nations-Boulevard」を行き交う車のほとんどが、窓にくくりつけたドイツ国旗をなびかせ、クラクションをかき鳴らしながら走っている。走る車の窓から身を乗り出して、旗を振り回している人もいる。一台の車がクラクションを鳴らすと、それに呼応して他の車もいっせいにクラクションを鳴らすので、うるさくて仕方がない。だが通 りを歩く人々は、嫌な顔をするどころか、嬉しそうにそれらの車に手を振っている。記念に写 真を撮ろうとする人も多い。私もカメラを構えたが、あっという間に走りすぎる車を撮るのは難しく、ピンぼけ気味の写 真しか撮れなかった。
 どうやら、バーや家などで試合を見ていた人たちが、いっせいに街へと繰り出してきたようだ。ドイツ勝利の喜びを皆でともに分かち合おう、ビールを飲んで乾杯しよう、というところだろうか。
 だがしつこいようだが、たかが開幕戦に勝ったくらいで、こんなに大騒ぎするなんて。今からこれじゃあ、決勝トーナメントに進んだ後はいったいどうなるんだろう?そのとき私はもうドイツにはいはいないのが、なんだか惜しいような、ほっとしたような複雑な気分になった。
 さらに驚いたのは、騒いでいるのがサポーターだけではないことだ。仕事から帰ってきてて、さっきドイツの勝利を知ったばかりのサラリーマンも、国旗をなびかせた車を運転しながら、けたたましくクラクションをとどろかせている。ドイツ人は、何かあったらいつでも窓にくくりつけられるよう、車の中に国旗を常備しているのだろうか?なんという愛国心!…とそのときは感心したが、帰国してから知ったところでは、ドイツ人がこんなに誇らしげに国旗を振り回したことは、戦後初めてといってよく、画期的なことなのだそうだ。 確かに、この時だけに限らず、WM開催中はあちこちの家の窓でドイツ国旗がはためいた。商店のディスプレイもドイツカラー一色で、自国開催のWMが、なぜこれほどまでにナショナリズムの高揚を生むのかと、私は見ていて不思議に思った。4年前の日韓WMで、日本中に日の丸で埋め尽くされることなど、あっただろうか?

クラクション・ストリートと化した「All-Nations-Boulevard」。写 真で見るとしょぼく見えるが、これは私のカメラの腕が悪いせい。本当はもっと騒然とした雰囲気だった。


アイスバインを求めて

 絶え間なく響くクラクションをBGMに、レストランを探す。時計はもう9時を過ぎようとしていた。通 り沿いのカフェテラスでは、夕食を終えた年配のカップルたちが、のんびりワインを飲んでいる。
 早くしないと店が閉まってしまうと焦った私は、とりあえず最初に見つけたカフェに入ってみることにした。ドアを開けようとすると、ちょうどテラス席に行こうとしたウェイターと出くわしたので、迷わず「アイスバインありますか?」と聞いてみる。ウェイターは一瞬「はぁ?」という顔をしてすぐさま「Nein」と首を振る。私は仕方なくその店から立ち去った。
 少し歩くと、さっきと同じような店をまた見つけた。テラスで年配のカップルたちがくつろいでいるのは全く同じだが、さっきのカフェよりお客の雰囲気がどことなく上品で、服装も洗練されている気がする。よく見ると店構えも歴史を感じさせる重厚な造りで、「高級レストラン」という趣がある。
 この店なら、きっとアイスバインもあるに違いない。そう決めつけた私は、いい加減のどが乾いていたこともあって、テラスの空いている席に腰を下ろした。後から知ったところによると、この建物はベルリンの最高級ホテル「ケンピンスキー」で、私が入ったのはホテルの一階にあるカフェ「ラインハルツ」だった。どうりで、客層が上品なはずだ。だがそのときの私はそんな有名ホテルとはつゆ知らず、やってきたウェイトレスに開口一番「アイスバインありますか?」と訪ねてみた。カフェにアイスバインなど、ある訳ないのに!だがドイツのレストランについてちゃんと下調べをしていなかった私は、ドイツのちょっとした飲食店なら、必ずアイスバインがあるはずだと思い込んでいたのだ。馬鹿としか言い様がない、と恥ずかしくなったのはベルリンから帰って、カフェの正体を知ってからのことだった。
 案の定、ウェイトレスは困ったような笑顔で「Nein」と首を振る。私はがっかりしたが、さっきと違って、既に席についているので今さら店を変えられない。それに、できればこの店を取材したいと思っていた。日経レストランの読者にもぜひ紹介したい、素敵な店だと思ったのだ。(実際は、私に紹介されるまでもない、有名カフェだったのだが)  私はアイスバインを諦めて、メニューブックから他の料理を探す。だが、どれも高くて手が出せない。結局、ベルリンの地ビール「ベルリナー・ピルスナー」と、ドイツの伝統的デザート「アップルシュトルーデル」を注文した。ビールとデザートとは、我ながらなんとも妙な組み合わせだと思ったが、高いお金を払って見覚えのないメニューを頼むよりも、馴染みのメニューを頼む方が「外れがない」と思ったのだ。
 といっても、「アップルシュトルーデル」は日本でも一度も食べたことはない。ドイツ菓子のレシピ本に作り方が乗っていて、それで名前に見覚えがあるだけだ。パイを作る要領で生地を薄く薄く伸ばし、その生地で甘く煮込んだりんごを包み込む。美味しそうだけど、作るのは難しそう…と、手作りするのを諦めていたお菓子のひとつである。
 そんな思い出のある「アップルシュトルーデル」より先に、ベルリナー・ピルスナーがテーブルに運ばれてきた。実はこれが、私にとっての「ドイツで飲むビール」初体験だった。ドイツに来て、ビール飲まんとどうすんねん!と突っ込まれそうだが、ビールが苦手な私は今まで敬遠してきたのだ。だがせっかくベルリンに来たのだから、せめてベルリンの名物ビールは飲んでおきたい。もう一つのベルリン名物であるアイスバインは食べられなかったのだから、せめてビールだけでも…という未練がましい思いが、初めてビールに挑戦するきっかけになった。
 最初はちょびっとだけ、口に含む。…うん、すっきりしてのど越しがいい。日本のビールよりずっと飲みやすいかも。と調子に乗って飲み進むうちに、たちまち頬が赤くなっていくのが分かった。頭の奥がぼーっとなっていくのも分かったが、なんとか完飲。この体験で自信をつけた私は、以後ドイツ各地で(といってもケルンとドルトムントの二ヶ所だけだが)地ビールに挑戦することになる。
 目の前の道路では、なおもクラクションを鳴らしながら走り抜ける車が後を絶たない。車だけでなく、国旗を振り回しながら「ドイチュラ〜ン、ドイチュラ〜ン」と大声で歌いながら歩道を闊歩する女性もいる。それもたった一人で。そんな光景を、テラス席のおじさま、おばさまたちは微笑ましそうに目を細めて見守っている。「うるさい、近所迷惑だ」などと眉をひそめる人は誰もいない。これがサッカー大国の底力だろうか、と私は妙に感心していた。老いも若きも、みなドイツの勝利を喜び、祝福しているのだ。やはりサッカーはドイツの国民的スポーツなんだということを、改めて実感させられる夜だった。
 そうこうしているうちに、ようやくアップルシュトルーデルがテーブルに運ばれてきた。けっこう時間がかかったのは、生のりんごを一から煮詰めていたからだろうか。そうに違いないと思えるほど、つくりたてのアツアツで美味しかった。甘さを抑えたりんごが舌の上でとろけ、ほのかな洋酒の香りが上品な後味を残す。さすが名門ホテルのカフェはデザートも超一流と唸らされた。   >>続く


ドイツに着たら一度は食べたい「アップルシュトルーデル」(5.40ユーロ/約850円)と、ベルリンの地ビール「ベルリナー・ピルスナー」。
繁華街クーダムに面 しているため、ショッピングの合間にちょっと休憩、というときに重宝するカフェ。最高級ホテル「ケンピンスキー」の一階にあるが、ホテル客以外も利用できる。

Reinhard's im kempinski

住所:kurfurstendamm 27・10719 Berlin
電話番号:27-02303641
営業時間:11:30〜23:00

このとき取材した「日経レストラン」の記事

http://nr.nikkeibp.co.jp/topics/20060629/index3.html