ムーミン経由、ドイツ行き
大聖堂に架かる橋
ニール 
・鐘の鳴る町

・川の流れる町
天国への509階段
・その1 ・その2
ひとつきだけの世界遺産
街で人気のコンディトライを探して
中華飯店で日韓友好?
ショッピングモール・アドベンチャー
・その1
・その2 ・その3
ケルンぶらぶら歩き
・その1 ・その2 ・その3
たった一時間のラインクルーズ




6月14日早朝の聖カタリナ教会。手前に見える信号機の形もユニーク。

 それまで聞いたこともなかった小さな町と出会うことは、旅のかけがえのない楽しみのひとつだ。
 今回のドイツ旅行でも、そんな町と出会うことができた。ケルン中央駅から地下鉄で15分、北に向かって走るUバーン16番の終着駅、ニール。ライン川沿いに広がる静かな町で、川を隔てた対岸にはレバークーゼンの町が広がっている。
 町のメインストリートは、セバスティアンストラッセ(Sebastianstrasse)。この通 りに沿ってパン屋、ケーキ屋、床屋、スーパーマーケットなどが立ち並ぶ、どこにでもある郊外の田舎町だ。だが毎日、定時になると鳴り響く聖カタリナ教会(St. Katharina)の鐘の音が、この町の日常に清らかなアクセントをつけている。
  私はドイツ滞在中、このニールの町に宿を取った。そして私が寝泊まりした部屋の窓からは、聖カタリナ教会の鐘楼が間近に見えた。
  窓から教会の鐘楼が見えるなんて、まるでアンネ・フランクの「隠れ家」みたいだ。ということは、アンネも私と同様、朝、教会の鐘の音を聞いて目覚めたのだろうか?
 よりによってドイツの地で、戦時中のアンネの暮らしに思いを馳せるのは不謹慎かもしれない。だが窓から教会の鐘楼が見えたとき、真っ先に思い出したのがアンネだった。彼女にとって唯一の「外の世界」だった「窓から見える教会の鐘楼」。15分おきに鳴らされる鐘の音にとても心癒されたと、彼女は日記に綴っている。
 アンネが窓から眺めていたアムステルダム西教会はプロテスタントだったが、私が窓から眺める聖カタリナ教会はカトリックだ。レンガづくりのどっしりとした教会で、一見、修道院のようにも見える。ゴシック建築の教会のように、大きなステンドグラスを窓にはめていないからかもしれない。
  ゴシック様式の尖塔を誇る大聖堂がケルン市のシンボルなら、聖カタリナ教会はケルン郊外の町・ニールのシンボルだ。有名なのはもちろん大聖堂の方だが、ケルンの街を見渡してみると、実は大聖堂のような純ゴシック建築は少数派だということに気づく。それより、聖カタリナ教会のような、北ドイツ特有の重厚なレンガ建築の教会の方が圧倒的に多い。

6月6日早朝、部屋の窓から教会の鐘楼が見えることに感激した私は写 真を撮った。

 

 ドイツに着いた翌朝、気持ちが昂ぶっているせいか6時に目覚めた私は、さっそく家を抜け出して、早朝のニールの町を散策した。
 といきなり、泊まっているマンションのすぐ隣の壁に、ハーケンクロイツの落書きを発見。インクの色からして、まだ書かれて間もないものらしい。ワールドカップが近づくにつれ、外国人を排斥しようとするネオナチの活動が活発になっているというが、こんなのどかな町にもその影が忍び寄っているのだろうか…?
 いや別にワールドカップとは関係なく、これもまたドイツの日常なのだろう。ハーケンクロイツというとすぐネオナチを連想しがちだが、そんな思想とは関係ない、単なるいたずら書きの可能性の方がずっと高い。
 そんなことを思いながら通りを横切り、聖カタリナ教会へ向かう。するとここでもまた、ハーケンクロイツの落書きを発見。おまけに「Nazi 4ever(foreverの崩した書き方)」のメッセージ付きだ。教会の、すぐ隣の壁に描かれていた。こんな場所に書くなんて大胆だなあ。もしこれを書いたのがネオナチなら、外国人である私もいつ標的にされるか分からないのに、とことん暢気で危機感のない私は、しげしげとその落書きを見つめた。

 教会を出て、セバスティアンストラッセを歩いていく。道の両わきには小売店が軒を並べている。まだ7時を過ぎたばかりなのでほとんどの店が閉まっていたが、さすがにパン屋は空いていた。ショウウィンドウにはサッカースパイクの形のパンが並べられ、「WM2006」という文字がチョコレートで書かれ、その上にチョコでつくったサッカーボールが飾られていた。こんな小さな町のパン屋も、開幕まであと3日と迫ったワールドカップ(ドイツ語ではWeltMeisterschaft、略してWM)を祝うムードに満ちているのが嬉しくて、私はウィンドウごしに店内をのぞき込んだ。ケーキが並んだショーケースも見えた。ウィンドウにパンが並んでいるのでてっきりパン屋と思ったが、どうやら「パンも売っているケーキ屋」らしい。
 外から覗くだけでは物足りなくなった私は、ドアを開けて中に入った。期待どおり、店内もWM用にディスプレイされていた。特に目を惹いたのは、背番号13番のユニフォームを着たマネキンが飾られていたことだ。といっても別 にマネキンの顔がバラックに似ている訳ではなく、そこいらのブティックにあるような、ごく普通 の無表情のマネキンなのだが。ケーキ屋にユニフォームを着たマネキンが飾られているという、そのなんとも場違いなセンスが可笑しかった。
 もちろんこのケーキ屋も、普段は店内にマネキンなんか置かないだろう。WM開幕だから置いたのだ。  マネキン以外の飾りつけも、いかにも田舎の店らしいチープなものだったが、それがかえって手作りの暖かさを感じさせ、ドイツ全土がWMに沸き立っているんだなあ、と感じさせた。
 この貴重な風景を写真に残そうと、私はリュックからデジカメを取りだして、店員に「Darf ich Fotografieren?(写真撮っていいですか?)」と訪ねてみた。だが返事は「Nein」。
 「スーパーに行く」で書いたスーパーでもそうだったが、ニールではことごとく写 真撮影を断られてばかりだった。これがケルンの中心街なら、ほとんどOKだったのに。田舎町は保守的というのは、ドイツも日本も変わらないのか…とそのときは思ったが、商品を購入してから写 真撮影の許可を求めれば、また違ったのかもしれない。


新聞や飲み物を売る、キオスクみたいな店の隣にあったキャンディの自動販売機。

ニールの駅と、バラックのソニー広告看板。

ニールは終着駅なので、線路もここで行き止まりとなっている。
やはりポドルスキーはケルンの人気者。ケルン郊外のニールにも、ポルディを起用した広告の看板を発見。  

 

この日、購入したBild紙(6月6日付)より。3日後に迫ったWM開幕戦のドイツ対コスタリカを、「5-0でドイツが勝つだろう」と景気よく予想している。


 店を出て、再び通りを歩いてくと、もう一件、WMの飾り付けをしている店を発見した。新聞・雑誌を売っている店のようだが、ウィンドウには代表選手たちのカードゲームも飾られている。ドイツに来たら毎朝、Bildを購入するのを楽しみにしていた私は、さっそく中に入ることにした。
「guten Morgen!(おはよう!)」
 「ドイツで店に入る際は、かならず挨拶をすること」というガイドブックの教え通 り、私は威勢よく朝の挨拶を言いながら店に入った。
 だが、何の反応も返ってこない。見ると、店員は奥の方で、他の客の応対をしている。
 店内には、壁一面に雑誌が並べられていた。WM開幕間近だけあって、サッカー関連の雑誌も多い。だが私は、ここでもまたガイドブックの教えを守り、それらの雑誌をすぐ手に取りたい衝動をぐっとこらえて、店員が戻ってくるまで待つことにした。「欧米では、店の商品を勝手に手に取って見るのはタブー。必ず店員に断ってから、商品を手に取ること」と、そのガイドブックは教えていたのだ。
 店員はすぐに戻ってきた。30代前半くらいの男性だった。私は待ってましたとばかりに、片言のドイツ語と身振り手振りで、「サッカーの雑誌を見せてほしい」と彼に伝えた。すると店員はニコッと笑って、次から次に雑誌を取りだし、レジの前に積み上げる。ちょっと待った!そんなにたくさん買えないって。と言おうとしたが、ドイツ語でどう言えばいいのか分からない。こんなときにどう対処すればいいのかまでは、ガイドブックに載っていない。ガイドブックに載っていないことが起こるなんてあんまりだわ!と少女漫画のヒロイン風に青ざめた表情をつくってみせる心の余裕は、なぜかあった。

私がドイツで初めて買物をした店のショウウィンドウ。ドイツカラーのサッカーボールがキッチュな感じ。
MADのWMスペシャル号。 バラックに扮したMAD坊やも傑作だが、 ロナウジーニョの足の組み方もシュール。

 店員は私のひきつった表情を見て、それ以上雑誌を積み上げるのをやめてくれた。そうだ、こういうときは「Nein Danke(けっこうです)」と言えばいいんだっけと思い出した私は、積み上げられた雑誌の中から、いらない本を店員に返していった。だが時すでに遅く、既に店員がレジに値段を打ち込んでいる雑誌もあった。それは雑誌というよりはポスターブックで、WMに出場するチームのスター選手紹介や、トーナメント表などが載っていた。
  意外だったのは、ドイツを代表する選手として、バラック、カーンとともにクラニーが掲載されていたことだ。だがドイツに来たばかりのこの時こそ意外に思ったが、その後ドイツを旅していくうちに、日本ではあまり人気のないクラニーが、ドイツ本国では大人気ということに気づかされる。ブラジル人の血が混じっているからかもしれない(ドイツ人はブラジル代表好き)。
 店員に勧められた本だけでなく、自分で棚から選んで買った本もあった。あの有名なパロディ雑誌「MAD」のWM特別 号で、MAD坊やがバラックに扮している表紙イラストがなんとも可笑しい。中身もブラックユーモア満載で、このとき買った本の中ではこれが一番お気に入りだ。
 私が買物している間も、店には客が何人か、入店はてきた。みな、「guten Morgen!」ではなく、「Morgen!」とだけ挨拶して入ってくる。店員も、それに「Morgen!」と答えている。なんだ、日本でも「おはよう」を「おっはー」と省略することがあるように(ちよっと例えが古いけど)、ドイツでも挨拶を省略したりするんだな、と私はこのとき学習した。

 

雑誌とともに、お目当てのBildも購入した私は、店を出ていったん家に戻った。これが、私のドイツにおける初めての買い物体験となった。
 この日以外にも、私はニールで多くのものを買った。前述したケーキ屋には、後日また訪れてクッキーを買ったし(店員さんは小さいクッキーもおまけでサービスしてくれた)、スーパーでは歯ブラシを買った。カエルをトレードマークにしているパン屋も、前を通 るたびに気になっていた。同じように、前を通るだけで、一度も中に入らなかった店がたくさんある。

 また駅を降りてすぐのところにあるカフェでは、WMが始まると、毎晩テラスのテーブルに人が集まり、ビールを飲みながらテレビで試合を観戦していた。その横を歩き過ぎるとき、きっとドイツ中の町で、こんな光景が繰り広げられているんだろうな、とふと思った。最初にも書いたように、ニールはこれといって特徴のない、どこにでもある田舎町だ。教会があって、メインストリートがあって、そのメインストリート沿いに小さな店が軒を連ねている。だが「どこにでもある町」だからこそ、この町で過ごしたことで、ドイツの日常を垣間見れたような気がするのだ。
 そしてそんなニールの日常に、一時間おきに鳴らされる教会の鐘がしっくりと溶け込んでいた。教会の鐘を聞きながら生活を刻むというのは、いいものだ。朝は鐘の音とともに目覚め、夕方、鐘の音を聞いて「もうそろそろ帰らなくては」と家路を急ぐ。私も将来、教会の鐘が聞こえる町に住みたい。ニールで過ごした10日間は、私にそんな夢を抱かせてくれた。

6月14日、いよいよドイツを立つ日の朝。滞在中、ずっと清らかな鐘の音を聞かせてくれた教会との別 れを惜しんで、私はその気高い姿を写真におさめた。

駅の近くにある、カエルがトレードマークのパン屋さん(まだ準備中)。店のショウウィンドウには様々なカエルの人形と、なぜかキノコの人形が。メルヘンですねぇ。

何も分からないままに買わされてしまったポスターブック。WMの各グループごとに、チームを代表するスター選手を紹介している。ちなみにドイツはカーン、バラック、クラニー。日本は小野(このポスターがつくられた頃は、まだオランダリーグにいたからかも)。
だがオーストラリアだけ、なぜか選手ではなくヒディンク監督が紹介されている。確かに監督が一番のスターとも言えるが…。