バラックのいる風景
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番外コラム

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2011-2012
チャンピオンズリーグ観戦記




2006WMの選手入場シーンで、選手たちと手をつないで入場してきた子どもたちを覚えているだろうか。黄色のシャツに赤いパンツをはいていたあの子どもたちは、マクドナルドの「フースバル・エスコート」に応募して、選ばれた子どもたちだ。上がその応募用紙で、ドイツのマクドナルドに置いてあった。

バラックに出会う旅

  初めてバラックを知ったのは、2001-2002シーズンのチャンピオンズリーグだった。それまで欧州ではほとんど無名のクラブだったバイヤー・レバークーゼンの超攻撃的サッカーに魅了され、その中心だったバラックという選手が好きになった。惜しくも決勝でレアル・マドリードに敗れたが、1点リードされた終盤、キーパーまで攻め上がっての猛攻撃には鳥肌が立った。
 そのすぐ後に行われた日韓W杯では、幸いにもドイツ対アイルランド戦を生観戦することができた。この試合でもバラックの存在感は際立っており、クローゼの先制点をアシストするクロスを上げたのは私のすぐ目の前だった。彼の活躍もあってドイツは勝ち進み、そして迎えた準決勝。捨て身のタックルで決定的ピンチを防いだバラックはイエローカードを食らい、累積で次戦の出場停止が決まってしまう。 にもかかわらずその後、決勝ゴールを決めてチームを決勝へ導いた姿を見て本格的にファンになった。その数日後、横浜での決勝戦をベンチで見ていた姿がなんだか寂しげだったのも、昔から「酬われない人」ばかりを好きになる私の心を強く捉えた。四年後は笑顔でワールドカップトロフィーをかかげる姿が見たいと、それだけを願ってずっと応援し続けてきた。W杯期間中のドイツに行こうと思ったのも、「開催国のキャプテン」という一生一度の晴れ姿、もとい重責を担うバラックの姿を、テレビや新聞を通 してではなく、直接現地で体感したいという思いがあったからだ。だから私にとって10日間のドイツ旅行は、バラックに出会う旅でもあった。


 「出会い」は、ドイツに降り立った最初の日、いきなり立て続けにやってきた。デュッセルドルフ空港に降りりてから、迎えに来てくれたH氏(※)とともにEC特急でケルン中央駅へ。H氏の家はケルン郊外にあるため、そこへ向かう地下鉄に乗ろうと、地下へと続く階段を降りたときだった。妙に大人びた表情をした子どもの顔が、薄暗い地下構内に浮かび上がる。あの顔、どこかで見たことがある…と思いながら近づくと、それは精巧なイラストで、構内の壁に貼られた広告だった。その広告を見つめる私の後ろから、H氏が一言「それ、バラックだよ」。
 やっぱりそうか。そうじゃないかと思っていたけど、子どもの顔をしていたから自信がなかった。なんで子どもの顔なんだろう?と思ってイラストの下のキャッチコピーに目をやると、「BIG NEWS,SMALL SIZE」。コピーの下には、「WELT KOMPAKT」と題された新聞の写 真があった。WELTといえば、ドイツの有名な日刊紙。「WELT KOMPAKT」は、そのWELTのコンパクト版らしい。
 なるほど、大ニュースがチビサイズで読める新聞の広告だから、バラックも子どもサイズで登場したのだろう。なかなか凝った広告だなあ…と感心しながら切符を買ってホームに降りると、今度はカーンが子どもになった看板を発見した。これもまた、同じ「WELT KOMPAKT」シリーズである。
 うーん、さすがドイツ。この調子だと、サッカー選手を起用した広告をあちこちで見かけそうだ。ドイツに着いたしょっぱなからディープな広告に出くわした私は、ワクワクしながら地下鉄に乗り、目的地の「ニール」で降りた。するとまた、バラックと出くわしたのだ。今度は子どもではなく、ちゃんと大人になっていたが。さっきとは打って変わって、見た瞬間「あちゃー」と目を覆いたくなるような、カッコつけたバラックだった。キャッチコピーは「BALLACKS FAVOURITE 13」。駅のホームに立つ細長い看板で、広告主はソニー。
 地下鉄に乗って、目的地で降りるだけのほんの短い時間の間に、立て続けにバラックと、しかも全く毛色の違う広告と出会った私は、驚きを隠しきれずに「またバラック?」とつぶやいた。するとそれを聞いたH氏が「そりゃあ、彼はドイツの国民的英雄だからね」。
 実際にドイツに住んでいる人の言葉は、重みがある。私はそれを聞いて嬉しい反面 、「本当に?」と信じられない気持ちもあった。国民的英雄というには、まだちょっと早いような気がしたのだ。国民的英雄というのは、例えばベッケンバウアーのような人をいうのであって、バラックはまだ何も大きなタイトルを取っていない。確かに近年のドイツを牽引し続けている大黒柱ではあるけれど、「国民的英雄」と呼ぶには、何かが足りない。その「何か」とは、世界タイトル。もっと端的に言うと、もうじき始まるW杯の優勝にほかならなかった。
  バラックが、ドイツのキャプテンとしてワールドカップトロフィーを掲げる瞬間。その瞬間を見ることができたら、もうこの世に何も思い残すことがない。というのはさすがにちょっと言い過ぎだが、でもこの4年間、サッカーファンとしての最大の願いはそれだった。ドイツの優勝が見たい。4年前の悔しさを、この大舞台で晴らしてほしい。
 だがそうしてドイツ優勝を願う反面、「ベスト8まで進めたら、御の字だろうな…」という、半ば諦めた気持ちもあった。最近の親善試合の不調ぶり、特につい先日行われた日本との試合では、またしても守備のモロさを露呈してしまった。あの試合を見てもなお、ドイツがW杯で優勝すると断言できる人がいたら、それは相当な楽天家だ。  
  また、そうやって「どうせ駄目だろ」と期待しないで見る方が、「精神的に楽」だというのもあった。もし早々に敗退しても、「やっぱりな」と、それほど落ち込まないですむ。優勝を信じ、期待して見ていると、敗退したときのショックが半端ではない。昔から、自分とは直接関係のないスポーツチームや、スポーツ選手に依存しすぎる傾向がある私は、あえて一歩引いた、醒めた目線でドイツを見守ろうと思っていた。   >>続く

※H氏……ケルン在住の音楽家。私が作ったポール・サイモンのファンサイトを通 して知りあったメールフレンド

ケルン中央駅から地下鉄で15分、Uバーン16番の終着駅ニール。のどかな停留所のベンチの壁に、バラックを起用したソニーのポスターが貼られていた。ソニーがドイツで展開したキャンペーン「BALLACKS FAVOURITE 13」の広告で、ソニーの電気製品を小道具に、セピア色のバラックがカッコつけている。

※ニールについて、詳しくは「鐘の鳴る町」を参照。