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番外コラム

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チャンピオンズリーグ観戦記




エンドマークはまだ遠く

そろそろ年の瀬なので押し入れを整理していたら、段ボール箱から昔のサッカー雑誌が何冊か出てきた。こういう時、思わず整理の手を止めてその雑誌を読みふける……というのはありがちだ。私も過去何度もその罠にはまってきたけど、今回だけはそんな気にならず。といってそれらの雑誌を捨てることもせず、そのまま新しい箱につめ直した。
――今すぐ読みたい気にはならないけれど、かといって捨てることは絶対にない。きっと……10年後くらいには、懐かしく読み返すこともあるだろう。今はまだ無理。バラックが引退してまだ日が浅い今は。彼が活躍した時代の写 真や記事を読むと、ノスタルジックな感傷以上のものが こみあげてきそうだからだ。
2006年のW杯前に出版された「ドイツ代表特集」のムック本なんか、ちらっと表紙を見ただけで危なかった。 2004〜2005年頃のバラックが、不敵な笑みを浮かべつつ、ピッチに片膝をついて靴ひもを結び直している写 真。やっぱりこの頃のバラックは「主人公」のオーラにあふれている。ただ靴ひも直してるだけなのに、なんなんだその不敵な笑みは。それだけ自信にあふれてるってことだろうな。だからなんてことない 試合中のワンシーンが、ムックの表紙を飾るほどの「絵」になってしまうのだろう。

――ただ靴ひもを直しているシーンでさえこんなに絵になるこの男が、もし国際大会の優勝トロフィーをかかげていたら、いったいどれほど絵になっていたことだろう。

今さら考えてもしょうがないそんな「たられば」が、ふっと胸をよぎってしまうから、昔の雑誌に目を留めるのは危険なのだ。
別に国際大会で優勝できなくても、決勝の舞台に進むだけでもたいしたものだし、そうした大舞台を何度も経験できたバラックは十分幸せな選手なのだと、今までそう思ってきたし、今でも確かにそう思っている。でもその一方で、「あんなに何度も挑戦したのだから、一度くらい国際大会で優勝してもよかったじゃないか」とも思っているわけで、でもそれを言っちゃうともうひとりのお利口さんな自分が「一度も優勝トロフィーをかかげないまま引退していく選手なんていっぱいいる」とか、「国際大会では無冠でも、国内リーグやカップでは何度も優勝 してきたバラックは幸せな方」とか言い返してくるのだった。そりゃ確かにそうなんだろうけど、そうやって相対化して納得しちゃうのって、お利口さんすぎて最近ちょっと嫌。他の選手がどうであろうと、やっぱりバラックには一度くらい国際タイトルを取ってほしかったというのが本音。好きな選手が栄冠をつかむのは単純に嬉しいし、そうしたら私ももっと――彼が引退する日まで、そのプレーを純粋に楽しめていたのではと思えるからだ。
ファンになってまだ日が浅い2002〜2005年頃は、そのプレーを見ているだけで楽しかった。私にとってバラックは「次に何をしでかすか分からない選手」。まずは「守備ありき」の選手だから、基本的に自軍ゴール前でプレーしているんだけど、ふと気づくと深い位 置から独走してきて、ペナルティエリア外から強烈なミドルシュートを放ったりする。かと思えば、ユニフォームの裾を引っ張って止めようとする敵の選手を引きずりながら、ペナルティエリア内まで走り込み、角度のないところからシュートを放ってゴールを決めて、アナウンサーに「アンビリーバブル!」と叫ばせたりする。(※アナウンサーは、それまでドイツ語で中継していたドイ ツ人。ドイツでも日本と同じく、アンビリーバブルという英語が定着しているらしいと知った試合だった)
もうエリア内に入っているのだから、後ろからユニフォームを引っ張られている状態で倒れれば、PKだってもらえただろうに。あえて倒れずに、苦しい体勢から強引にシュートを放ち、しかもそれが決 まってしまう。まさに漫画的で、バラックにはそんな漫画みたいなファンタスティックゴールが多かった。だから見ていて楽しく、ゴール以外の場面 でも「次に何をするんだろう」というワクワク感があった。
――だがいつしか、そうしてバラックの一挙手一投足を楽しむ気持ちを忘れ、試合の結果 ばかりを追い求めるようになっていった。たぶん、二度目の「準四冠」を達成する2008年頃からだろうか。それまでは、試合の勝敗はもちろん気になるが、それ以前に、 ただそのプレーを見ているだけで楽しい選手だったのに。バラック自身はその後もずっと、ワクワクさせるプレーを続けていたのに、見ている私は、そのプレーを楽しむよりもまず、「今度こそ国際タイトルを取ってほしい」という思いが強くなりすぎて、試合の結果 だけを求めるようになってしまっていた。それはやっぱり、報われてほしかったからだ。バラックが優勝トロフィーをかかげる姿が見たかった。このまま、国際タイトルを取らずに引退させたくなかった。何度も挫折を乗り越えてきた選手にふさわしい、ハッピーエンドを迎えてほしかったのだ。

――とまあ、こうやって書いているだけで、私は結構すっきりするのだけれど。それに、先日の引退によって永遠に、ハッピーエンドがかなえられなくなったという訳でもない。「監督を目指す」と言ったバラックの道のりはまだ続く。「名選手は名監督ならず」という定説は日本だけでなくドイツのファン掲示板でも言われているけど、監督として成功するかどうか以前に、彼がこの先もフットボールの「勝負の世界」で生きていくというのが嬉しい。私たちはこれからも、バラックを応援できるのだ。

2012年11月11日執筆