食事を終えて店を出ると、すでに夕方だった。といってもこの時期のドイツは日が長いので、まだ空は明るい。そして試合の興奮はまだ続いていた。だが試合前にはあんなに大勢見かけた、スウェーデンサポーターたちの姿がない。代わりに、赤いユニフォームを着たトリニダード・トバゴのサポーターたちが、わが物顔で歌い踊っていた。街は今や、トリトバサポーターたちの祝宴会場と化していた。試合前には黄色に染まっていた街が、今は赤く染まっていた。
公園に人だかりが出来ていたのでのぞいてみると、大勢のトリトバサポーターたちが踊りまくっていた。リラックスしていた試合前とはうってかわって、激しく腰をくねらせ、全身で喜びを表現している。彼らの中のリーダー格が、近くで見物していた女性を「舞台」に誘い出し、背後から抱きかかえるようにしてエロティックな踊りを始めると、その場の興奮は最高潮に達した。
もっとその光景を見ていたいと思いつつ、そろそろ帰らなくてはと思い、後ろ髪をひかれながらドルトムント中央駅へ。駅前の繁華街にスポーツショップを見つけて、吸い寄せられるように中に入る。「ボルシア・ドルトムント」のサポーターグッズがあふれていることを期待したのだが、さすがにこの時期はショップも代表メインらしく、いつもの代表ユニと、代表選手たちのポスターが幅をきかせていた。
それでもさすがドルトムント。外に出れば、ワールドカップ前にドイツ代表から外れてしまったヴェアンス(ドルトムントのベテラン選手)の代表ユニを着た熟女が二人、夕暮れの街を闊歩していた。「代表から外れようがなんだろうが、あたしたちはヴェアンスの
ファン」だと誇らしく宣言しているようでもあった。
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公園内のステージのようなところで、トリトバのサポーターたちが踊っていた。まるで優勝したかのような騒ぎだが、実は引き分け。初出場の同国にとって、ワールドカップで勝ち点1を取るというのはそれほど大変なことなのだろう。
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見つけると、ついつい引き寄せられてしまうスポーツショップ。見つけるたびに、クラニーに哀れを感じる
アディダスの広告ポスターもあった。
(クラニーはワールドカッブ代表から落選)
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ヴェアンスのユニを着た年配の女性二人。サポーター歴も年季が入っていそうだ。
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やがて、到着した列車に乗って再びドルトムントへ。駅に降りると、まだサポーターがあちこちにおり、試合後の賑わいが残っていた。それを見てほっとしながら、発着時刻表でケルン行きの列車を探す。――あった! よかった。といっても一時間くらい待たなければならないけれど、最悪の場合は駅で一番過ごすことも考えていたから、ケルンに戻れるだけでありがたかった。
ベルリン中央駅ほどではないにしろ、ドルトムント中央駅も結構大きく、構内にはちょっとしたスーパーマーケットもあった。スーパーが好きな私はここで時間をつぶそうと、店内をうろうろしていると、「あの、日本人ですか?」と声をかけられた。日本語だった。
振り向いて「はい」と答えると、相手は細身の若い日本人男性。リュックを背負っているところをみると旅行者らしい。眼鏡をかけた真面
目そうな雰囲気の彼は、私に言った。
「日本語でインターネットできる店を知りませんか? 日本語でメールが出せるような」
「さあ……私も旅行者なので」と答えると、彼は驚いたようにを目見開き、「ここに住んでるのかと思いました」
私は一瞬とまどったものの、それだけドイツの風景に溶け込んでいるんだと解釈し、なんとなく嬉しくなった(確かに深夜のスーパーでひとり、ミニバッグ一つでうろうろしていたら、地元民に思えるだろう)。そしてふいに、ドイツに来る前に読んだネットの記事を思い出した。中田選手がデュッセルドルフに、ワールドカップ期間限定で『ナカタカフェ』をオープンさせるという記事を。日本のサポーターの情報交換の場となるよう、日本語でインターネットもできるらしい。
そのことを伝えてから、私は彼と別れた。後になってから、彼の携帯番号やメールアドレスを聞いておけばよかったと思った。そうすれば、H氏の家に戻ってからネットで調べて、『ナカタカフェ』の住所を彼に教えてあげられたのに。だがあのときは、とっさにそこまで気が回らなかった。
そうこうしているうちに、ケルン行きの最終列車の出発時間が迫ってきた。この駅のホームでもまた、ベンチで眠っているサポーターを見かけた。その姿を目の端におさめながら、ホームにすべりこんできた列車に乗り込む。チュース、サッカーの街ドルトムント。またいつか再訪する日まで。
追記
あれから五年後。ドルトムントに移籍した香川選手の活躍を聞くにつけ、あの日本好きのマスターのことを思い出す。ドルトムントは昨シーズンに久しぶりの優勝も果
たしたし、きっと喜んでいるに違いない。ドルトムントを訪れる日本のファンは、機会があれば「ANNO
1900」に行くことをおすすめしたい――と書いてから、今も営業しているかどうか調べてみた。ドイツ版グーグルで店名と電話番号で検索すると、五年前に私が書いた日経レストランの記事が出てくるのみ。なので今も営業中かどうか定かではないけれど、シチリー島出身の奥様が作るピザを食べるだけでも行く価値があると思うので、住所などを載せておく。
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店名「ANNO 1900」
住所:Dortmund Mitte Stefanstrasse Ecke Bruderweg 9
営業時間:11:00〜翌朝1:00(週末は翌朝3時や5時まで延長することも)
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