「大阪では一家に一台たこ焼き器がある」の伝説(?)通り、私の家にもたこ焼き器がある。といっても買ったのは一年ほど前で、もともとたこ焼き好きの私が「どうせなら家でつくった方が安上がりやん?」と思い立ち、ネット通 販でたこ焼き器を購入。「美味しい焼き方」レシピもネットで探した。レシピ通 りの配合で焼いてみると、「外パリッ、中トロ〜リ」のたこ焼きが焼けたときは嬉しかった。周囲にも好評を博して、すっかりたこ焼きづくりにハマってしまった。以来、家に来客があったときは、たこ焼きを焼いてふるまうのが私の習わしとなった。
 「外国人はたこ焼きに興味津々」と聞いたのは、それからすぐ後のことだった。聞いたのは世界を漫遊中の女性からで、彼女はトルコ滞在中にたこ焼きを実演してみせたところ、大好評を博したという。それも食べる方ではなく、焼く方だ。いい年した男たちが子どもを押しのけて夢中で焼いていた、というのを聞いて、なんてワイルドな光景だろう!と私は胸をときめかせた。屈強な男たちが奪い合うようにしてたこ焼き機に群がり、目を血走らせてたこ焼きを焼いている。素晴らしい。 私もたこ焼きを焼くのは大好きなので、彼らの気持ちはよく分かる。キリをくるくるっと回して、きれいなまんまるに焼き上げたときの嬉しさ。そうやってきれいに焼けたたこ焼きは、美味しさも格別 だ。
 私も外国に行く機会があれば、たこ焼き器を持っていこう。そう思い続けていたから、今回のドイツ旅行でも「たこ焼き器持参」はすんなり決まった。ただ、たこ焼き粉を持っていくかどうかは、直前まで迷った。だしや調味料があらかじめ混ざっている「たこ焼き粉」は計量 の手間がなく、便利だけれど、荷物になる。ドイツにも小麦粉はあるだろうし、持っていくのは、この旅行用に購入したハンディタイプのたこ焼き器だけでいい。いくらハンディタイプとはいえ、銅製のたこ焼き器はずっしりと重く、これ以上スーツケースを重くするのを避けたかった私は、たこ焼き粉は持っていかないことにした。この決断をあとになって後悔することになろうとは、このときの私には知る由もなかった。

 安易に「たこ焼き器を持っていけば、材料は向こうで調達できるだろう」と考えていた私だったが、その「甘さ」のおかげで、またしても結果 は惨憺たるものとなった。
 確かに小麦粉はある。卵はある。水もある。かつお節のダシも、キッチンをお借りしたH氏宅にあった。タコも、普通 のスーパーでは売ってなかったものの、中国人経営の食料店で冷凍タコを購入した。
 材料はすべて揃った。だがどの材料も、微妙に日本のそれとは異なっていた。まず、たこ焼きの主成分である小麦粉。日本では薄力粉を使うが、ドイツには「薄力粉」なるものはなく、単なる小麦粉を使うしかない。そしてその小麦粉は、日本でいう「中力粉」に近いらしい。中力粉は薄力粉よりグルテンが多く、ねばりやコシが強い。そんな粉でたこ焼きをつくったら…結果 はご想像の通り。やけに歯ごたえのある、ゴムのようなたこ焼きができ上がった。
 だがそれはまだ、改良に改良を重ねた末の作品で、食べられるだけマシな方だった。最初に焼いたたこ焼きは、とても「たこ焼き」といえるようなしろものではなく、食べることすらできずに廃棄する始末。焼いても焼いても、生地が堅くならないのだ。ドイツのキッチンはほとんどが電気クッキングヒーターで、H氏宅も例外ではない。電気といっても火力は十分で、鍋の種類も選ばない。だがいくら火力を上げても、生地の表面 が鍋に焦げ付くばかりで、中身はどろどろのまま。
 原因はいくつも考えられるが、最大の戦犯は冷凍タコ。完全に解凍できていない状態で生地に入れたため、焼けば焼くほどタコから水があふれ出て、結果 、ちっとも生地が固まらないのだ。
 結局、その日はたこ焼きを食べるのをあきらめ、ありあわせのハムやソーセージで夕食をすませた。つごうが合わずにドイツ人を招待していなくて、ほんとうによかった。

 そうして一回目は失敗に終わったたこ焼きづくりだが、私は「やっぱりドイツは日本とは水も違うし、日本と同じたこ焼きをつくるのは難しいか…」とほとんどあきらめかけていた。ドイツに来てから初めて知ったことだが、ドイツの水道水は石灰分が多く、そのままでは飲用出来ない。 ドイツ人が市販のミネラルウォーターを常時持参しているのはそのためで、私も旅行中はミネラルウォーターを愛用した。
 だがH氏はあきらめなかった。昼間、私が外で遊んでいる間も、H氏はたこ焼きレシピに改良を重ね、試作品づくりに励んでいたらしい。家に帰ると、アウトドアで使う簡易ガスコンロがキッチンに置かれていた。「電気ヒーターだから、たこ焼きがうまく焼けなかったのでは」と考えたH氏が購入したのだ。レシピも、ドイツの水や小麦粉に合わせて微妙に配合を変え、再度たこ焼きづくりに挑戦。その結果 が、先に書いたゴムたこ焼きである。「外パリッ、中トロ〜リ」の大阪風たこ焼きにはほど遠いが、食べてみるとなかなか美味しい。もしかしたら、新しいスナックを発明してしまったかもしれない。
 H氏は今後もレシピの改良を重ね、「ドイツ流たこ焼き」を完成させるつもりだという。私は氏の情熱に敬意を表して、持参したたこ焼き器をプレゼントすることにした。