一見、ロスタイムの同点ゴールだけに目を奪われがちだが、最後まで気力とスタミナを切らさずに戦い抜いた両チームのひたむきなプレーこそが、この試合を本当に価値あるものにしているのだと思う。
ひたすら攻めるアイルランドと、組織的な守備でひたすら耐えるドイツ。対照的な両チームだが、「愚直なまでの真面
目さ」という点では共通していた。そしてその真面目さが美しく、見ていて本当に胸を打たれた。よくもまあ、最後まで気を抜かないで走り続けられるものだ。ドイツもアイルランドも、なんというタフなチームだろうか。精神的に強く、たくましいと言われている両チームだからこそ実現した、まさに「魂」を強く感じさせる試合だった。
なんといっても両チーム中、最も有名な選手がGKのカーンなのだから。アイルランド選手もなんとかカーンの牙城を崩そうと懸命に突破を試みるものの、カーンの圧倒的な存在感の前ではどの選手も小さく見えて、正直、勝負する前から名前負けしている感があった。だから、何度アイルランドに攻め込まれようと、ほとんど点を取られる気がしなかった。だからなおさら、私はアイルランドに感情移入してしまったのだが。
そういう点からいえば、玄人ファンや素人ファンも含め、万人が好むであろう「両チームの好守が激しく切り替わる」というようなエキサイティングな試合とはほど遠かった。あのまま1対0で終わっていたら、なおさらそうだろう。
が、傲慢な言い方かもしれないが、あの試合を生観戦した者から言わせてもらうと、たとえ同点ゴールがなくっても、十分記憶に残る名試合だったと言い切れる。
試合から二日後、大阪の自宅に戻ってから、この試合について書かれた記事をいくつか読んだ。ほとんどの記者が「奇跡」という言葉でこの試合を形容していた。ロスタイム、奇跡の同点ゴール。確かにそうだろう。が、「奇跡」というキーワードだけで、この試合を片づけることはできないと思った。
またネットの掲示板などでは、テレビ観戦していたファンの「最後にアイルランドが追いついたから劇的な試合になったけど、もし最後のゴールがなかったら、正直つまらない試合だった」という意見も少なくなかった。日頃から「ドイツサッカーはつまらない」と思っている者からすれば、前半ドイツが先制し、後はその一点を守りきるだけの試合は、確かに激しくつまらなかっただろう。
またアイルランドの戦いぶりも、決して玄人のサッカーファンを唸らせるような面
白みのあるものではない。飛び抜けて華麗なプレーをする選手もいない。
だから私は、この試合を「奇跡」という言葉では片づけたくない。それよりも「魂」こそが、この試合を象徴する言葉だったように思う。あの同点ゴールは奇跡でもなんでもない、最後まであきらめなかったアイルランドの執念が実った、当然の結果
のような気がする。今思えば。
が、何度も言うがドイツの精神力も素晴らしかった。こういう時に言い古された単語を使うのは安易な気もするが、やはり「ゲルマン魂」は脈々とドイツ代表に息づいていた。
だがそのゲルマン魂をも凌駕したアイルランド代表のそれは…「アイリッシュ魂」とでもいったらいいのだろうか。ゲルマン魂とアイリッシュ魂の激突。この試合を一言で言い表すとすれば、これに尽きるのかもしれない。
だからもし、あのまま1対0で終わっていたとしても、アイルランドのサポーターたちは胸を張って選手たちを賛えるだろう。私はそのことにようやく気づいた。試合中は「このまま1点も取れずに負けてしまったら、サポーターがあまりにも気の毒だ」と、負ける瞬間を迎える前に席を立とうと思った。が、あの日から数日が経った今、その考えはあまりにも浅はかだったと気づいた。そう、たとえ1対0で負けようとも、サポーターたちはその瞬間こそがっくりきただろうが、すぐに気を取り直して、誇らしげに選手にエールを送るだろう。
最後に。
私はこれまで、どちらかといえば代表チームの試合よりも、クラブチームの試合の方が好きだった。代表チームは試合数が少ない分、連携がイマイチで、ぎこちない感じがして楽しめなかった。それに負けることを避けるあまり、どうしても守備的になって、0対0のスコアレスドローの試合が多いのも、素人目には退屈に映った。
それに対してクラブチーム、特に海外のクラブチームは、色んな国から才能ある選手が集まってきて、言語はそれぞれ違うはずなのに、いったんボールを蹴って、そのボールを皆で追い始めたとたん、あっさりと言語や文化の壁を越えてしまう。そこに「サッカーの魔法」のようなものを感じて、そこがたまらなく好きだった。
だがW杯でドイツ対アイルランドの試合を見て、初めて代表チームの戦いの魅力の神髄を見た気がした。きっと親善試合ではなく、W杯という世界最高の舞台での試合を見れたことが良かったのだろう。国と国との威信をかけた真剣勝負。自分は自国の代表なんだという強い誇りと意地が、最後まで気力を振り絞ってプレーし続ける力を両チームの選手に与えたのだとしたら、代表チームの試合も悪くないなと思った。
そして今日、6月22日現在。共に決勝トーナメントに進出した両チームだが、その後の戦いは明暗を分けた。
ドイツは持ち味の手堅いサッカーで順調に勝ち進み、準決勝に進出。優勝がすぐそこまで見えてきている。
片やアイルランドはトーナメント一回戦でスペインとの壮絶な戦いの末、PK戦で散った。
だがもしこのままドイツが優勝すれば、アイルランドは大いに誇るべきだ。あのドイツに、唯一負けなかったチームとして。
そしてドイツからゴールを奪ったチームとして。なぜならドイツはこれまでの5試合で、失点はわずかに1。
それはあのロスタイム 、ロビー・キーンにもぎ取られたゴールだった。
【文責・羽野羊子】
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