緑に染まるスタンド。ただもう、圧巻の光景だった。

 早い時間に先制したドイツが守りを固める中、その壁をうち砕こうと、愚直なまでに何度も何度もしつこく攻め立てるアイルランド。そのたびに、今や名実ともに世界屈指のGKに成長したドイツの守護神・カーンにねじ伏せられるのだが、それでもチーム一丸となっての波状攻撃は止まらなかった。
 そしてそんな選手たちの頑張りに呼応するかのように、サポーターの声援は試合中ずっと、鳴りやむことが無かった。
 1対0のまま終盤を迎え、ついにロスタイムに入っても、サポーターの声は途切れなかった。どれだけ敗色濃厚になろうとも、必ず同点に追いつくことを信じて必死に応援するその姿は、ピッチの選手たちと同じくらい印象的だった。選手も、そしてサポーターも、本当に忍耐強く、決して諦めない民族なんだなあと心底思った。
 アイルランドといえば、一般には「抵抗の国」といわれている。イングランドによる長年の支配を耐え忍び、激しい弾圧と戦って、やっとの思いで独立を勝ち取った国、アイルランド。その忍耐強い国民性は、サッカーにも、そしてサポーターの応援にも、如実に現われているような気がした。特にサッカー大国・ドイツの鉄壁に何度もはね返されながらも、それでもゴールをこじあけようと気力でぶつかっていく姿勢は、イングランドとの長い闘争の歴史をも思い起こさせた―――というのは少しこじつけすぎだろうか。
  だがふとそんなことを思ってしまうぐらい、アイルランドのサッカーは粘り強かった。大柄なドイツ選手に比べると、アイルランドの選手は総じて頭一つ分くらい小さかった。それでもなんとかボールを奪おうと、しつこく食らいついていく。見上げるような相手にも決して気後れしないその姿勢は、サッカーは身体能力だけでやるスポーツではないということを、強く私に印象づけた。例えば前半、ドイツ側ペナルティエリア付近でドイツFW・クローゼと、アイルランドDF・ストーントンが競り合って、クローゼが倒された場面 。後でビデオで確認すると、クローゼがファウルをもらおうと、自ら倒れこんだように見えた。あの後、ストーントンがクローゼに詰め寄って、険しい顔で何事か毒づいていた。「汚い真似をするな!」とでも言っているのだろう。それに対してクローゼは何も言えずにうつむいていた。
 またアイルランドのFW・ロビー・キーンが、自分より20センチ近く大きいドイツDF・メツェルダーに凄い剣幕で突っかかっていく場面 もあった。どのプレーを取ってみても、体格の違いをものともしないアイルランド選手の闘志が滲み出ていた。そりゃこんなチームなら、応援する方も自然と熱が入るだろうな、と思った。

 と同時に、だから他国に比べて老齢なサポーターが多いのかもしれない、と思った。勝ち負けだけにこだわるなら、決してアイルランドは応援していて楽しいチームではない。飽きっぽい若者なら、もっと強いチームを応援する方が楽しいだろう。
 が、アイルランドのサッカーには勝ち負け以前の、何かがある。決して華麗な個人技で相手を抜いていくサッカーではなく、どちらかといえば単調な、俗にいう「放り込みサッカー」なんだけど、特筆すべきはその精神力だ。どんなに劣勢になろうとも、最後まであきらめないで相手に食らいついていく。そこらへんが、頑固者のおじさん世代をも熱狂させ、勝っても負けても涙させてしまうのだろう。
 そういえばアイルランド選手たちは国歌演奏の際、メインスタンドではなく、ゴール裏、自分たちのサポーターの方を向いて歌っていた。もちろん、その時サポーターたちは立ち上がり、選手とともに自分たちの国歌を誇らしげに大合唱した。


試合前、これから始まる素晴らしいゲームを祝福するかのように、
バックスタンド上空に花火が打ち上げられた。

 それは偉大な光景だった。アイルランド側スタンドで、その大合唱の渦中にいた私は、皆と一緒に国歌を歌えないのが悔しくなってしまったほどだ。そして、ああ本当にこのチームは、選手とサポーターが一体になっているのだなあと感じた。
 そしてそう思った私自身もまた、いつしかアイルランドのプレーに引き込まれて、気づけば一心にアイルランドの同点ゴールを願っていた。決してアイルランドびいきではなく、むしろ昔からドイツが好きで、この日もドイツを応援する気まんまんでスタジアムに出向いたのにもかかわらず、である。


終始賑やかだったアイルランドサポだが、相手チームに敬意を払うことは 忘れなかった。 試合前のドイツ国歌演奏の際、彼らはシーンと静まり返り、 演奏が終わると盛大な拍手を送った。
オーロラビジョンに、国歌を歌うドイツの13番、ミヒャエル・バラックが 映し出される

  そう、ここまでアイルランドを称賛してきておいてなんだが、私はれっきとしたドイツファンで、この試合のチケットを苦労して獲得したのも、ドイツの試合が見たかったからに他ならない。この日も朝からドイツ代表のレプリカユニを得意げに着用して、周囲に自分がドイツファンであることをアピールしていた。そのくせ、試合前に奇抜なコスプレをしているアイルランドサポを見つけると、すぐさま駆け寄って記念撮影をお願いしていたのだから、我ながら調子のいい性格だと思うが。
 そして私がドイツユニを着ているにもかかわらず、笑顔で私の肩を抱いて記念撮影に応じてくれたアイリッシュたちの優しさに、次第にアイルランドにも情が移っていったりもした。が、それでもやはり、強豪復活を目指すドイツに勝って欲しいと願っていた。少なくとも、試合の前半が終わる頃までは。

⇒続く