まさかまさかの、阪神VSダイエーの日本シリーズが実現してしまったのである。

 ここでちょっと個人的な話になってしまうが、私の友達が甲子園の近くに住んでいて、会うたびに阪神ファンの熱狂ぶりを教えてくれる。「去年までは、当日券求めて朝から球場前に行列が出来てたのは巨人戦だけだったのに、今年はどの試合だろうと行列ができてる」「試合後いつまでも大勢の阪神ファンが駅の周りで騒いでて、帰りのバスに乗れない(泣)」などなど。彼女の話の中には、たびたびダイエー甲子園店の名前も出てきており、私は密かに興味を惹かれていた。甲子園前という土地柄上、特にマジックが点灯した7月頃から店内は阪神一色だったらしい。「そこらじゅう阪神グッズで溢れてて、六甲おろしが連日BGMで流れてる」

カメラ・文/ひっつ
※このリポートは、フリーペーパーに掲載されたものを再構成してUPしました。

 阪神タイガースと福岡ダイエーホークスの対決となった、今年のプロ野球日本シリーズ。ともに本拠地の大阪と福岡で圧倒的な人気を誇るチーム同士の対戦であり、直前には星野監督のシリーズ後の勇退も報道されて、例年以上に熱い盛り上がりを見せたシリーズだったことは万人が認めるところ。
 が、しかし。そんな世間の盛り上がりをよそに、微妙な立場に追い込まれている店があった。甲子園球場のすぐ前に店を構えている、ダイエー甲子園店である 。
 甲子園に一度でも行かれた方なら分かると思うが、このお店、甲子園で試合を見る時には実に便利な店なのである。試合観戦する客の大半は、試合前にこの店に寄って食料や飲物を調達していく。もちろん店側も「甲子園のすぐ前」という恩恵を十分に享受しており、なんと客の80%は甲子園利用客だといわれている。もちろんその「甲子園利用客」の大半は「阪神ファン」だということは言うまでもない。
 つまりダイエー甲子園店にとって、阪神ファンは大事な大事な「お得意さん」なのである。そもそも、この店がこの地に建てられたのも、甲子園客の利用を見込んでいたからだろうし。まさかその時は、将来、ダイエーと阪神が日本シリーズで戦うことになろうとは、夢にも思わなかったに違いない。
 だが、その「まさか」が実現してしまったのだ。
 さぁ、どうするダイエー甲子園店!今までたくさんお金を落としてくれた「最大のお得意さん」である阪神ファンを裏切って、ダイエー応援に回るのか?(おおげさ)

そんなに何度も「8時閉店」と念を押さなくても…と言いたくなる立て看板。

  仕事帰りに行ったので、甲子園駅に降り立ったのは夜の9時半過ぎ。あたりはまっくら。でも球場からは、阪神ファンの応援コールが浜風に乗って聞こえてきて、ただならぬ 熱気が伝わってくる。もう10時になろうかというのに、まだ試合は終わっていないらしい。
 目当てのダイエーに向かう途中で、いきなり友達が足を止めた。「あれこの喫茶店、普段はもっと遅くまでやってるのに、今日は8時で閉まってる…」
 見ると、店のガラス戸にプリントされた営業時間の上に、いかにも「ついこないだ貼りました」と丸分かりの白紙が貼られていた。紙にペン書きされた文字は「8時」。

 そしてお目当てのダイエー。やはり閉まっている。ドアの前には心なしか緊迫した表情を浮かべた警備員のおじいちゃんと、一般 客らしいおじさんが立っていた。なんでも、普段は10時まで営業しているのに、今日になっていきなり8時で閉店したため、奥さんが店内に閉じこめられてしまったらしい。

 もちろん阪神が優勝した翌日からは「阪神優勝おめでとうセール」を開催。だが数週間後に今度はダイエーが優勝した時は、即座に「祝ダイエーV3セール」を開催するのだから、さすが「臨機応変」である。でも、日本シリーズはいったいどうするんだろう?…という疑問があった。そこに友達からの続報。「日本シリーズ期間中は、8時で閉店するらしいよ」
 えっ、なんで?と聞き返す私に、友達は意味ありげな笑みを返すのみ。甲子園の近くに住み、毎日阪神ファンの熱狂ぶりを肌で感じている彼女には、「日本シリーズ中は8時で閉店」の理由がすんなり理解できたらしい。
 私もなんとなく分かるものの、やはりはっきりとその理由をこの目で確かめてみたくなって、日本シリーズ3戦目の10月22日、阪神が甲子園に帰ってきた日に友達と連れ立って甲子園に出かけたのである。

甲子園近くの喫茶店も、臨時「8:00」閉店…。

「まだ試合は終わってないんですか?」
 挨拶代わりに声をかけると、おじいちゃんとおじさんが同時にうなずき、
「そう。延長戦」
 そう答えた警備員のおじいちゃんの表情が、ますます堅く緊迫したように見えたのは、錯覚ではないはずだ。
 閉ざされたガラス戸の向こうには「10月21日〜24日の4日間は、日本シリーズのため夜8時閉店とさせていただきます」と大きく書かれた看板が立っていた。
 「日本シリーズのため」とはっきり明言しているところが潔い。だがさすがに「なんで日本シリーズだからって、8時で閉店しちゃうのか」の理由までは書いていない。
 「今日は8時で閉店なんですね。それってやっぱり、日本シリーズだから?」と念を押すと、黙ってうなずくおじいちゃん。やはりこの人もその理由までは話さない。が、その直後に、店内に奥さんを残したまんまのおじさんが言った。「阪神ファンは無茶苦茶しよるからなぁ」
 するとそれまで無口だった友達が口を開いて、
「負けた腹いせに、店を襲撃されたら困りますからね〜」
 私はまだ完全に信じきれずに、もう一度警備員のおじいちゃんの顔を見た。相変わらず無言だったが、その表情は、今の二人の会話が間違ってはいないことをほんのりと匂わせていた。

 私は(やはり、そういう理由だったのか…)と納得しながら、友達と、今まさに延長戦が行われている球場の周りをぶらぶら歩いた。途中でもの凄い歓声と拍手が頭上に降り注いできて、「もしかしてサヨナラかなぁ」と話していると、しばらくして星野監督の勝利監督インタビューがはっきりと聞こえてきた。
 阪神がサヨナラ勝ちかぁ…と思うと同時に、よかった、これであの警備員のおじいちゃんが、暴徒と化した阪神ファンを迎え撃たなくてすむ…としみじみ思った。なんせあのおじいちゃん、弱々しいくらい痩せてたからなぁ。
 もちろん、負けた腹いせにダイエー店を襲うような阪神ファンは、ごく一部だということは分かっている。だが今年のように、にわかファンが爆発的に増えた場合は、暴走してしまう「ごく一部の」ファンがけっこうな数になってしまう事は、昨年のW杯の際にも経験している。

 その夜、友達の家に泊まった私は、翌朝もう一度ダイエーに行ってみた。なんと!昨夜は暗くて気づかなかったが、入口にでっかく「ダイエーホークス・めざせ日本一」と書かれたオレンジ色の巨大看板があるではないか。すぐ目の前に甲子園があり、周りの店も「臨時阪神応援グッズ販売店」に早変わりして、辺り一帯阪神応援ムード一色なのに。そんな中で一ヶ所だけダイエー応援。明らかに異彩 を放っている。店内ではダイエー応援グッズも販売していた。周囲のムードに流されず、堂々とダイエーを応援する姿はなんとも潔いではないか。なのに夜、ナイターが終わる頃になるとさっさと臨時閉店してしまうのはなんだか情けないような気もしたが、そこがこの店の「臨機応変」の素晴らしさ。私はそんなダイエー甲子園店が大好きである。
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見よ、この潔さ!