スポーツ選手を応援するということ

 

 また、勝てなかった。6年ぶりにようやくたどりついた、チャンピオンズリーグ決勝の舞台。マンチェスター・ユナテイッド対チェルシーの試合は90分間戦い抜いて、1-1の同点。延長戦へともつれこむが、そこでも決着がつかず、勝負はついにPK戦へと持ち越された。
その結末は、かたずを呑んで中継を見ていた人ならもうご存知だし、私も今さら書きたくない。私はバラックのファンだ。今度こそ、優勝してほしかった。いや優勝させてあげたかった。と書くと、なんだか親のような言い方に聞こえて自分でも気持ち悪いが、これは私だけでなく、世界中のバラックファンの共通 する思いだと思う。彼のファンはずっと見てきた。レバークーゼンに所属していた2001-2002シーズン、国内リーグ、国内カップ、そしてチャンピオンズリーグ全てが準優勝に終わり、その直後に行われたワールドカップでも準優勝。サッカー史に残る銀メダルコレクターとして、「準4冠達成」とも揶揄された。何一つタイトルを勝ち取れなかったのにあえて「達成」と言いたくなるほど、あのシーズンのバラックは銀メダルを集めまくったのだ。そしてその度に、彼のファンは落胆した。
 次のシーズン、「もう2位は嫌だ。タイトルを取りたい」とバイエルンに移籍。バイエルンでは3回に渡ってリーグ優勝し、「ドイツ最高の選手」との名声をほしいままにしたものの、チャンピオンズリーグではベスト8が精いっぱいだった。国内リーグの優勝だけでは飽き足らないことに気づいた彼は、今度は「ビッグイヤーをとりたい」と、ドイツを飛び出してイングランドのチェルシーに移籍した。移籍金を残さずに去ったこともあり、バイエルンファンからは激しいバッシングを浴びた。
 そうした経緯を、彼のファンはずっと見てきた。チェルシー移籍の1年目は、モウリーニョ監督の信頼もあって常にスタメン出場していたものの、なかなかプレミアに馴染めず、チームの足を引っ張っているようにも見えた。それでもチームは勝ち続けたが、国内リーグとチャンピオンズリーグ優勝の2冠を目前にして、バラックは怪我で離脱。結局、チームは無冠に終わった。さらに予想以上にバラックの怪我が重く、8ヶ月に渡ってプレーできない状態が続いた。チーム放出の噂も流れ、「もう終わった選手」とも言われた。
 そんな苦しい期間も、彼のファンは応援を続けてきた。もちろん中には見限った人もいるだろうが、それはごく少数のように思える。「シルバーコレクター」「永遠の2位 」と呼ばれるほど、あと一歩というところでビッグタイトルを逃し続けてきたバラック。「ここまできたら、彼がビッグタイトルを獲得するまで応援してやる」という、なかば意地みたいな気持ちも、ファンにはあるのではないか。「駄 目な子ほどかわいい」という気持ちもある。あらゆるタイトルを獲得する、サッカーの神に愛された選手もいいけれど、毎回、あと一歩でタイトルに手が届くところまで勝ち進みながら、ギリギリのところで運に見放されて敗れ去る選手は、その悲劇性も相まって離れがたい魅力を放つ。プレーしている本人は一生懸命で、ピッチを縦横無尽に駆け回って必死に勝とうとしているのが伝わってくるからこそ、負けていっそう愛情が募る。「次こそ頑張れ」という気持ちになる。
 もちろん、ファンも懸命に応援しているから、優勝できなかったときの落胆は大きい。ビッグタイトルをすんなり獲得する選手を応援していれば、もっと幸せだったろうにと、そんな時思う。
 それでもバラックのファンをやめられないのは、彼に、うまくいかない自分の人生を重ねてしまうからだ。たいていの人は、努力しても報われないことが多い人生を送っている。努力しても優勝できず、それでも挫けずに高いレベルでプレーを続ける彼の姿に、ファンは勇気づけられる。
 サッカー選手に限らず、スポーツ選手を応援するということは、プレーを愛するだけでなく、その挫折や落胆をも愛して受け入れることだと思う。辛いからといって、選手が負けて涙する姿から目をそらすのではなく、その姿を心に刻みつける。そうして辛い気持ちを共有するからこそ、遂に夢がかなって勝利したとき、心の底から歓喜することができるのだろう。
 ときには感情移入しすぎて、仕事も手につかないほど落ち込むこともある。「なんでこんなに必死になって、他人を応援してるんだろう」と、ふと空しくなることもある。
 だがそれらの悲嘆や失望、そして感動が味わえるのも、特定のチームや選手を応援しているからこそだ。普通 に生活していると、ここまで激しく感情を揺さぶられることはあまりない。そしてスポーツからしか得られない感動というものが、必ずある。だから私はスポーツファンをやめられない。

 6年前、チャンピオンズリーグでレバークーゼンの快進撃を見てから、バラックのファンになった。そういう人は私以外にもたくさんいると思う。最初はそのプレーに惹かれたが、応援を続けるうちに、挫折してもすぐ立ち上がり、次の目標に向かっていく精神力にも惹かれるようになった。
 試合後、芝生にしゃがみこんで泣いていたバラックは、報道陣に一言もコメントを発することなくスタジアムを後にしたという。今は悲嘆に暮れていても、きっとまた立ち上がり、次の目標に向かって走り出すだろう。幸いにも、「次の目標」がすぐそこに迫っているからだ。
「顔を上げて、バラック! あなたにはEMがある」と、ドイツのビルト誌は見出しをつけた。そう、6月7日に開幕するユーロ2008(欧州選手権。ドイツではEUROPAMEISTERを略して、EMと呼ばれる)が、バラックを待っている。すでに大会前のキャンプに入っているドイツ代表チームが、キャプテンの到着を待っている。
 スポーツビルトのWebサイトで、かっての同僚トーマス・リンケも語っている。「バラックは心配ない。悲嘆に暮れる間もなく、EMに突入しなくてはならないからだ。EMに出場できない、チェルシーのイングランド人選手たちよりも幸せだ。ジョン・テリー、アシュリー・コール、ランパード。彼らは8月のプレミアリーグ開幕まで、リベンジの機会がないのだから」
 バラックとドイツ代表のユーロ2008に期待したい。


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