もっとも感動的な瞬間は試合終了後にやってきた。三人の息子たちとともにグラウンド一周を終え、スタンドから投げ入れられたケムニッツァーFCのユニフォームを手に別
れのスピーチをしていたバラックだが、途中で感極まって言葉が出なくなった。
スタンドから突如として「ミヒャエルバラック!」コールが起こったのはそのときだった。特に応援のリードを取るサポーター集団がいる訳でもないのに、スタンドの一部から自然とバラックコールが起こり、それは瞬く間にスタジアム中に広がる大コールとなって、ライプチヒの夜空に響き渡った。バラックが言葉につまっている間中ずっと、そのコールは続いていた。まるで「大丈夫だよ、無理に喋ろうとしなくても、あんたの思いはここにいるみんなが分かってるから」と励ましているかのようだった。
それは思いがけないシーンだった。というのも引退試合の開催地がライプチヒのレッドブル・アリーナに決まったとき、私が真っ先に思ったのは「誰がスタジアムの雰囲気を作るんだろう」ということだったからだ。
たとえばレヴァークーゼンで引退試合をしていたなら、レヴァークーゼンのサポーター集団が応援のリードを取って、バラックを送り出すのにふさわしいスタジアムの雰囲気を作るだろう。そしてそれは、何もレヴァークーゼンに限った話ではない。ブンデスリーガの試合を生観戦したことのある人なら分かると思うが、ドイツのスタジアムではクラブのサポーター集団がコールをリードし、他の観客もそれに従う応援スタイルが多い。サポーター以外の一般
客から応援コールが発生することはあまりなく、あくまでリードするのはサポーターで、熱狂的でありながらも実に統率が取れている。
だがライプチヒには、そんな風に応援をリードするようなサポーター集団がいない。レッドブル・アリーナを本拠地とするクラブはあるし、そのクラブのサポーターもいるだろうが、バラックはそのクラブの出身でもなんでもない。なのでサポーターたちは応援のリードはおろか、当日スタジアムに来ることすらないだろう。では、いったい誰が?